見えるか保己一
蝉谷 めぐ実著
小谷野 敦
蝉谷めぐ実は三十三歳くらいか。大阪生まれで、早稲田で歌舞伎を学んだ。独特の文体は、誰も真似できないと言われた泉鏡花を思わせ、若くして山田風太郎賞などいくつかの文学賞を受賞しているが、直木賞はまだ候補にもなっていない。それまで、歌舞伎に親しんだ者として江戸趣味の世界を華麗に描いてきたが、今度は一転して、塙保己一という国学者、盲目の身ながら『群書類従』という和書の叢書を完成した人物を描いている。ただしこの題名の意味は、最後まで来ないと分からないようになっている。
徳川幕府は、儒教の精神に則って盲人保護になぜか注力し、当道座という組織を作り、盲人に高利貸をする特権を与え、勾当、検校などの階級を作った。塙保己一は、武蔵国保木野村(現在の本庄市)のカイコ農家に生まれ、七歳で失明したが、江戸へ出て、抜群の記憶力で古典的書物を暗記し、ついに総検校の地位にまで上り詰めた、いわば「偉人」である。埼玉県を第二の故郷とする私には、「郷里の偉人」ということになろう。
ヘレン・ケラーも塙保己一の伝記を愛好したというが、蝉谷は、そういう「偉人伝」や「感動ポルノ」にしたくないという意気込みで、なかなか手の込んだことをしている。最後の参考文献一覧に「感動ポルノ」についての書籍があるので、そのもくろみが分かる。文章は、歌舞伎ものを書いていた頃よりは読みやすくなっているが、それでも時おりアクロバティックになって、気を抜くと話の筋が分からなくなる。
保己一の四男とされる塙次郎忠宝は、幕末期に、何かの勘違いから暗殺された国学者で、殺した二人のうち一人が伊藤博文だということで知られている。保己一には何人も子供がいたようだが、最初の妻おていは離縁され、二番目の妻が来たが、次郎などは、手伝いに来ていた女岡田イヨというのを妾にして、これが生んだ子だとされている。蝉谷は、最初の妻の不義密通のことなど、いわば保己一の人生の暗い面を描き込もうとしている。「くにゅくにゅ」など、得意の擬態語に始まって、細かな工夫が縦横に張り巡らされた力作である。最近の歴史小説によくある、推理小説的な伏線の使い方も目についたが、私には推理小説というより、ディケンズ的なものが感じられた。
ちょっと日本語で気になったのは「ちげえ」というセリフが出てくるが「違う」を「ちげえ」とする、変則的な音便は、一九九八年ころに出現した極めて新しいもので、徳川時代にはないだろう。あと「辰ちゃん」のような呼び方が出てくるが、これも明治以後のものだろう。あと一箇所だけ出てくる「一耳置いて」というのは、盲人の話だから洒落た言葉を造語したのだろうか。
美談にしたくない、と言いつつ、この小説の保己一はどうも「純粋」な人めいている。立身出世欲もあるだろうし、性欲も人一倍強かったのではないか。そこを描いてほしかった。
しかし考えてみると、盲人を描くとなった時点で、あまり汚く描くことができないという制約が社会的にあったのではないか。ましてや想像で描くとなると、事実だからという言い訳もできず、盲人を描きつつ美談、偉人伝にしないという計画自体に無理があったのではないかという気さえする。ところで保己一について、古典を並べただけで、自分で何か書いたわけではない、という悪口を言う人もいるが、そういうのも取り入れたら面白かったと思う。
とはいえ、この作家の腕力は並大抵のものではない。いずれ直木賞もとるだろう。作家には、二種類ある、ともいえる。玄人筋から賞賛されて多くの文学賞をとるが、読者の数はさほど多くない作家と、その逆である。蝉谷は今、前者の道を堂々と歩いている気がする。だが、今の文章は、読者に負担を強いている気がする。どうだろうか。だが、以前に比べても読みやすくなっており、今回の作品でも前半より後半のほうが読みやすくなっており、今後この文章をどうするかについても含めて、歴史小説作家として目の離せない作家であることは間違いない。(こやの・あつし=作家・比較文学者)
★せみたに・めぐみ=作家。『化け者心中』で小説野性時代新人賞を受賞しデビュー。同作で日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞受賞。著書に『おんなの女房』(野村胡堂文学賞、吉川英治文学新人賞)『万両役者の扇』(山田風太郎賞)など。一九九二年生。
書籍
| 書籍名 | 見えるか保己一 |
| ISBN13 | 9784041160329 |
| ISBN10 | 4041160324 |
