2026/04/03号 4面

「雪調」の群像

「雪調」の群像 沼野 夏生著 小幡 圭祐  本書のタイトルにある「雪調」とは、一九三三年(昭和八)から一九四八年(昭和二三)にかけて、「雪害」、すなわち多量の雪によって生じる災害がはなはだしい地方の農山漁村の振興のために、当該地域経済の特異性の調査とそれに適合した改善計画を立案・指導することを目的として活動した「積雪地方農村経済調査所」のことである。現在の山形県新庄市に農林省の出先機関として置かれたもので、現在は後継組織の一つである雪の里情報館がその跡地に社会教育施設として存在している。  東北工業大学名誉教授である著者の沼野氏は山形県の生まれで、子ども時代から雪調の建物を見て育ち、雪害の研究機関で勤務した経験を有し、現在は条件不利地域の地域づくりを支援する地域社会デザイン研究所の代表をつとめる。本書は、そのような因縁の深さから雪調に強い思い入れを抱く著者が、「雪調がつくられた時代的な背景から、一五年の間に戦前・戦中・戦後に至る歴史の急展開を経験し、後継機関へ引き継がれるまでの過程、そして現代に託された遺産までを、シームレスにたどろう」(ⅱ頁)とするものである。雪調の成立過程を繙く第一章、雪調の業務の変遷を考察する第二章、所員の人物像とその交流を描く第三章~第五章、所員と戦争の関係を綴る第六章、戦後の雪調と所員のその後を扱う第七章・第八章の構成である。  本書の魅力の一つ目は、職掌・組織・職員・業務・予算・建物など、雪調に関する基本的な事項について、その創設から廃止に至るまで網羅的に検討が加えられている点である。雪調の職員数・調査テーマ・建物の変遷など、統計的な情報も豊富に盛り込まれており、雪調の具体的な内実をまるで事典を引いているような感覚で知ることができる。また、これらの情報は、雪の里情報館所蔵の文書・報告書類をはじめとする資料を丹念に検討した結果としてまとめられたもので、十分な信憑性も担保されており、資料の博捜という点でも好感が持てた。  魅力の二つ目は、これまで雪調を語る上では、「雪害」を世に知らしめた衆議院議員の松岡俊三など、著名な人物が言及されることが多かったが、本書は「雪調の活動を支えてきた所員たちの群像を、時代背景とともに明らかにする」(ⅱ頁)観点から、雪調の所長から末端の所員に至るまでの個人史を克明に描いていることである。特に、農林省から派遣された地域外の所員=「風の人」と、地元から採用された所員=「土の人」について、雪調の廃止後の生涯にまで目配せをして雪調が果たした役割を抽出しようとしている点は本書の最大の特徴と言える。それぞれの個人の追跡調査においても、遺族へのアプローチなど惜しみない手間暇がかけられており、著者の熱意を十二分に知ることができた。  右のように、本書は雪調の組織と人を詳細に知ることのできる〝雪調のエンサイクロペディア〟とでもいうべき興味深い内容を有するが、惜しむらくは、雪調についての基礎知識がない読者にとっては、「はじめに」を読んでも雪調とは何なのかがわかりづらく、その概要を示す第一章もやや難解で生硬な印象を受けた。それゆえに、雪調が昭和史に果たした意義や画期性をうまく消化できぬまま、本書の売りである個人史を読み進めることになるやに思われ、もったいなさを感じた。それぞれの個人史を統合するような視角をあらかじめ用意しても良かったのではと考える。また、雪調廃止以後も射程に入れる本書の特質に鑑みれば、生成期・充実期・退行期という雪調の存置を前提とする有り体な時期区分ではなく、廃止後も視野に入れた大胆な時期区分もあり得たのではと感じた。  ともあれ、雪調の歴史を風化させずに、地域の未来に生かそうとする著者の熱意には、山形県に位置する地方国立大学で日本近現代史を教え、また「山形アーカイブ」というデジタルアーカイブの構築を通じて地域の記憶を後世に伝える活動を行っている評者も大いに共鳴するところである。多くの方々、特に山形県の地域の方々に本書が読まれることを願ってやまない。(おばた・けいすけ=山形大学准教授・日本近現代史)  ★ぬまの・なつお=東北工業大学名誉教授・地域社会デザイン研究所代表・条件不利地域の都市・地域計画。日本雪工学会会長などを歴任。日本都市計画学会石川奨励賞などを受賞。著書に『雪害』『雪国学』など。一九四七年生。

書籍

書籍名 「雪調」の群像
ISBN13 9784861634130
ISBN10 486163413X