2025/08/29号 7面

日常の向こう側 ぼくの内側 704(横尾忠則)

日常の向こう側 ぼくの内側 No.704 横尾忠則 2025.8.18 ここ数日おでんとの間にやゝ険悪な空気が流れている。ところかまわず糞尿を巻散らすからだ。  東京バレエ団のモーリス・ベジャール振付「M」にかつてポスターを制作したり、「ディオニソス」の公演でミラノのスカラ座で舞台美術などを手掛けた、ベジャールをはじめ、ジョルジュ・ドンや衣装担当のジャンニ・ヴェルサーチらの想い出話を、今回の「M」の再演に出演されるバレリーナの上野水香さんと対談。アスリートを自認しているぼくは肉体表現をしておられる上野さんのバレエ表現が、そのまま絵の制作に結びつくことに何の不自然さも感じない。それにしても背が高いので写真は座ってごまかす。  銀座GUCCIの第2弾の追加作品の展示を、南雄介さんと芦澤さんが会場マケットを持参して検討する。現状の展示がさらにブローアップして面白くなりそう。 2025.8.19 深夜、『五木寛之傑作対談集Ⅱ』には自分も出ているので読み始めると、もう一人、もう一人と、止められなくなってしまった。  われわれ夫婦は年齢が変らないけれど妻が寒がりでクーラーを避ける。水分もそれほど取っておらず熱中症が心配。一方ぼくは暑がりでクーラーが強くないと仕事に影響する。とにかくわが夫婦は文化・芸術以外はことごとく2人の考えは合わない。育ちの環境の差異かも知れない。彼女は7人姉弟、ぼくは一人っ子。  神戸の横尾美術館から学芸員の平林さんが次回展「髑髏まつり」に出品する作品や小物類を取りに。彼女はいつも展覧会のイメージに合わせたコスプレでやってくる。今回は髑髏づくしで、プレゼントしてくれたタオルも北斎の髑髏。 2025.8.20 日替り病人のぼくは、この間から眼と歯が痛い。だいたい首から上の五感が全滅だ。触覚の手は腱鞘炎だし、言うとこない。だいたいこの年まで生きられるなんて子供の頃から病弱だっただけに奇跡というしかない。しかも病気と創作が一体化しているというのもタチが悪い。  午後、合気道の小原先生に出張治療を受ける。効いているのか効いていないのかはわからない。 2025.8.21 南天子画廊の青木さん来訪。現在の画廊のある場所が高層ビルに変るためにしばらく画廊を移転するが、店仕舞い展に10月から、総ざらい的個展の依頼を受けている。旧作ばかりのバラバラ展になりそう。67年の初めての絵画展以来58年間、数え切れないほどの個展でお世話になってきた。お父さんの代からだが、交差した他の作家も物故作家が大半。 2025.8.22 〈大竹伸朗くんと日比野克彦くんの作品を見る。2人共、一目見てわかる様式で安心して見れるが、それに反して自分はどうして様式がないのだろうかと考えてみるが、よくわからない。ただ飽きっぽいから、次々と変るんだろうなあと思う〉夢を見る。別にわざわざ夢にしなくてもいいような夢だ。  建築家の藤森照信さん、家のことで相談にのってもらうために、わざわざ来訪してもらう。まあ一種の終活みたいなものだけどね。 2025.8.23 首の痛みが、もしや原因が歯ではないかと直感して歯医者に行くが、どうも直感ははずれだった。  この間からの描きかけの絵は一向に進展しない。段々目ざわりになってきた。 2025.8.24 今朝の新聞でガン宣告された養老孟司さんと梅宮アンナさんのガンについての大きい記事に、首の痛みも、もしやと心配になってきた。  午後、小説家の保坂和志さん久し振りに来訪。保坂さんは三島由紀夫のことを聞き、ぼくは小島信夫さんのことを聞く。自分のことを書きながら自分を普遍化していく醍醐味は絵も同じ。ブッダが洞窟ではなく、市井が見えるところで修業するそんな姿に似ているように思う。  日曜日の夕食はステーキに決まっている。  今晩8時から銀座GUCCIで明日からの第2弾の展示に南さんらが作業してくれることになっている。(よこお・ただのり=美術家) (写真・徳永明美)