大人は気づいてくれない
池谷 孝司著
水島 宏明
「子どもの貧困」のリアルは残酷だ。足の踏み場もないほど物が散乱して家族が靴を履く狭い室内に一日一食で生きる男子中学生。新しい靴を買えず小さくなった靴で足指が曲がった女子中学生。水道、電気、ガスを止められて入浴できず、髪はフケだらけの小学生女児。満足に食べられずもらった菓子で空腹を満たす。洗濯を頻繁にせず衣服が臭う子ども。視力が低下しても眼鏡を買ってもらえない……。勉強するどころではなく授業もわからない。
親の代から子の代への貧困の連鎖を解消しようと行政が税金を投入し、民間団体が委託を受ける「官民連携」のスキームが広がる。先駆けとなったのが埼玉県で二〇一〇年から実施している日本初の広域の学習支援だ。活動を長期取材した新聞記事をまとめたのが本書。著者は共同通信の記者で地方紙に配信された連載は貧困問題のすぐれた報道を称える貧困ジャーナリズム賞に選ばれた。
埼玉県で学習教室(いわゆる無料学習塾)を運営する最大の民間団体、通称アスポート。その営みは勉強を教えるだけの進学塾などと一線を画す。子どもの貧困解消を掲げ、活動の両輪として〝学習教室〟とともに〝家庭訪問〟を掲げる。一人ひとりの困難に寄り添い、スタッフが親の苦悩も共有して子どもと共に走る「伴走型支援」を打ち出す。低学力で自信を失いがちな子どもを励ましながらそっと背中を押す支援だ。
登場する子どもたちの物語は壮絶だ。父子家庭で幼い頃から育児放棄されて育った少女は怒鳴られ、殴られた。父の食事の世話や洗濯などで小学四年からヤングケアラーに。さびしさの裏返しで「ぬくもりがほしい」と誰彼かまわずに触りたがる愛着障害を示す。中学時代には父から包丁を突きつけられ、自らも包丁を手に「殺せるものなら殺してみろ!」と叫んだ。高校に入るとホームレス状態に。暴力や虐待。犯罪や非行。不登校やひきこもり。リストカットと希死念慮……。「子どもの貧困」は様々な困難が折り重なって顔を出す。
スタッフらの根気強い伴走で子どもの人生が次第に好転する希望的な事例も出てくる。他方で子どもが抱えるトラウマが深刻で一筋縄に行かない事例も少なくない。卒業や就職でようやく区切りがついたと思ったら突然SOSが舞い込む。精神面などに不安定さを抱える子どもへの伴走型支援には終わりが見えない。
書籍化にあたって加筆されたのがアスポート初代代表の元高校教師・白鳥勲の証言だ。困難を抱える子どもたちを数多く家庭訪問した経験が活動の支柱にあると明かす。アウトリーチ(訪問支援)と呼ばれる福祉的な積極姿勢で自ら「出向く支援こそ困難を抱える家庭への支援の根幹」だと強調する。
「自分を大切にしてくれる人がいる実感」を持つことで子どもは自分を大切にするようになり、「人生が変わる」という体験に基づく確信。その精神は後継者らに引き継がれている。
取り組みを全県で実現させた立役者で当時の埼玉県庁職員・大山典弘(現・明治大大学院教授)の証言は重要だ。役所の縦割りや前例踏襲主義を超えようとするアイデアと実行力が日本初の枠組みを実現する原動力になった。当時はテレビ記者だった評者が大山らに連携してドキュメンタリーを放送したことも記される。子どもの貧困という課題を解決するため、社会の連携で支える機運が共有されていた。
国や自治体からの税金が投入される仕組みが出来上がって埼玉県と同じような官民連携の無料塾は全国で増えつつある。だが自治体ごとに温度差があり、無料塾を実施しない市町村もまだ目につく。さらに受託する民間団体もすべてがアスポートと同じ「伴走型」を指向するわけではないという課題も浮上する。大手進学塾や有名予備校の関連企業が次々に参入している現状がある。福祉的な姿勢を意識する団体では重視される「伴走型」だが、無料塾内にも意識のズレがある。単年度契約で自治体からの委託を打ち切られて支援が継続できなくなった事例も描かれ、スタッフが葛藤を見せる場面ではこのスキーム自体の限界も示される。そうした現状も含めて官民などの「社会連携」についての歴史やあり方を考える上で数少ない貴重な記録になっている。関心ある人にはぜひ読んでほしい。(みずしま・ひろあき=元日本テレビ記者・目白大学非常勤講師)
★いけたに・たかし=共同通信社編集委員。社会部次長、宮崎支局長などを経て現職。著書に『スクールセクハラ』など。
書籍
| 書籍名 | 大人は気づいてくれない |
| ISBN13 | 9784000617628 |
| ISBN10 | 4000617621 |
