近世フランス政客列伝
阿河 雄二郎著
佐藤 淳二
まばゆい太陽もいつか死滅して黒くなるが、すぐに別の場所に新しい太陽が輝き出す。太陽と称えられた王とて必ず死ぬ。そして傍らに新しい王が輝き出す。問題は、二つの太陽を繫ぐ装置である。一七世紀フランスが案出した移行の装置こそ、絶対王政であった。絶対王政と聞けば、太陽王ルイと彼を取り巻く惑星としての大貴族たち、そして儀式とスペクタクルを反復し続けた宮廷のイメージが浮かぶ。オペラと舞踏、庭園と建築に溢れたバロック的劇場国家論、あるいは王の肖像の神学・政治論を思い出すこともあろう。しかし、そこでのフランス王の権威が、最初から揺るぎなきものだと思い込むのは、早計である。実際の王権は、危機の連続をなんとか乗り切って生き延びたに過ぎないのだ。阿河雄二郎氏の書物は、王を中心とした一つの太陽系に、どこからともなく現れた遊星のような三人の「政客」の生涯を、司馬遷よろしく「列伝」として鮮やかに語ってくれる。
周知のように、かつて王には二つの身体があり、一方は滅びる身体だがもう一方は永遠不滅の身体とされ、それゆえに王の死は同時に次の王の生誕を意味していた。しかし繰り返しになるが、現実の王権力の継承は、国家の危機ないし「クーデタ(王の一撃)」抜きで考えることはできない。一七世紀フランスの絶対王政が繰り返し直面したのは、このような王権力継承の危機であった。阿河氏の『政客列伝』は、それをまずアンリ四世の暗殺並びに王の死の歴史的意味を丁寧に解き明かすことから始める。この過程で読者は、政治学や思想史から離れて、フランスの史蹟を練達のガイドに誘われて案内された気分になるが、ふと気がつくと、リシュリューの背中を追って権力の密室ドラマの現場に迷い込んでいるのである。密室には、若きルイ一三世と母后マリー・ド・メディシスそして主席大臣リシュリューしかいなかったわけで、そこで何が本当に起きたのかはまさに藪の中だ。それでも歴史家たちの諸々の仮説を通じて、扉の影の秘密が読者には垣間見えてくる。同様の危機はリシュリューの死の際にも反復され、宙に浮いた権力中枢を外国人マザランが見事に奪取したのである。ついに、ルイ一四世がまさに太陽となって王権を振るう時(「親政宣言」)が到来する。もちろんここでも、権力闘争のドラマは反復され、フーケとの文字通りの死闘、日本人なら思わず「下剋上」と呟きたくなるような暗闘を制したコルベールが、権力基盤を固めるのに成功したのである。彼の名を長く後世に伝える剛腕の重商主義政策は、ここから始まる。
以上のように要約してしまうと、絶対王政の歴史は予定調和的に実現したかのように思えるかもしれない。しかし、現実の権力移行は、およそクーデタがそうであるように、最初の四八時間は見通しの効かない混沌を潜り抜けねばならない。阿河氏は、最新の研究を博引旁証し、通説を疑い、時に大胆に推理を展開し、一七世紀フランス宮廷中枢の例外状態を鮮やかに甦らせる。ついで、リシュリュー、マザラン、コルベールというしたたかな政客たちの姿を、その出自に遡って浮き彫りにする。さらに、王家の墓の案内、悲運の貴婦人の足跡の現地ルポルタージュ、現代のレ・アル界隈のあの胡散臭さなどなど、絶対王政の歴史を教育する風景が次々と登場する。政治史、外交史、戦争の金融史や文化財の歴史と、分岐する多くの道を辿りつつ、この著作からは、一七世紀絶対王政下のフランスの「全体像」を読者に語りたいという熱意が伝わってくる。それは、「全体」などもはや無いなどとは決して言わぬのが歴史家なのだと、暗示しているのかもしれない。「全体」を見通し難い時はせめてその手触りを通して試し(エッセ)を遂行せよとは、モンテーニュの教えであろう。この書物はあらゆる意味での「エッセ」を展開して見事という他ない。(さとう・じゅんじ=京都大学名誉教授・フランス思想史)
★あが・ゆうじろう=大阪外国語大学名誉教授・近世フランス政治・社会史。京都大学文学部卒。著書に『近世フランス王権と周辺世界』など。訳書にボーヌ『幻想のジャンヌ・ダルク』、ベルセ『真実のルイ14世』など。一九四六年生。
書籍
| 書籍名 | 近世フランス政客列伝 |
| ISBN13 | 9784812225141 |
| ISBN10 | 4812225140 |
