伝説の出版社 博文館
堀 啓子著
藤林 道夫
活版印刷術はルネサンス三大発明のひとつである。木版印刷や紙の普及が進んでいた日本の場合多少事情は異なるものの、印刷術の進歩による書物の流通が近現代社会を招来する大きな要素となったことは間違いない。
元号が明治になったといってもすぐに江戸文化が払拭されるはずはない。書籍に関しては江戸戯作の伝統が生き延びていた。明治半ば、ここに登場するのが新潟長岡生まれの大橋佐平である。
故郷で様々な事業に関わった後、東京にやってきた彼は、すでに五十の坂を超えていた。とはいってもその進取の気性は衰え知らず。首都の人々を十分に観察した上で彼が創始したのが博文館。後に一大コンツェルンにまで成長する。著者は単にその歴史を辿るのではなく、実に様々な人々を配し、その人物像を興味深く描いている。
本書冒頭「はじめに」でも披露されているように、大橋佐平の計画は見事である。彼の目指した基本は、識字率の高まった時代により多くの人々に本を読んでもらうこと。そのためにはまず廉価でなければならない。儲けだけに拘らないこの方針は後々まで受け継がれる。
第一歩は『日本大家論集』という雑誌だった。文学、法学、理学、工学や医学まで、多様な学問を網羅した一冊である。こうした論文を満載した雑誌がなぜ廉価で発売できたのか。まだ著作権という概念が行き渡っていなかったのが大きい。すでに他の雑誌に掲載済みの論文を拾い集めて載せたため、印税がかからなかったのである。
博文館の礎を築いたのは『少年世界』『文藝倶楽部』『太陽』という三つのやはり雑誌だった。いずれも明治二十八年創刊である。博文館の特徴は、次々と既存の雑誌を廃刊にして新たに時代に沿った雑誌を作っていくことである。これはいたずらに過去を振り返らない創業者の性格に由来するらしい。
まず『少年世界』である。明治二十三年に尋常小学校の設置が地方にも義務付けられる。若者という新たな購買層を見据えて数々の雑誌が創刊されている。しかしその中で抜きん出たのが『少年世界』だった。
この雑誌を率いたのは巖谷小波。尾崎紅葉を中心に集っていた硯友社の一員である。少年少女の恋愛ものを得意とした「文壇の少年屋」は、明治二十四年に森鷗外の序文付きで『黄金丸』を発表し、少年文学の嚆矢として絶賛を浴びていた。博文館はこの小波を三顧の礼をもって『少年世界』に迎えると同時に、以後硯友社との結びつきを深めていく。
当時、編集の仕事は著者と並ぶ読者の憧れだった。『少年世界』は投書を重視した。読者は自分たちも雑誌に参加している気持ちになれたのだろう。その中から自然に後の編集者、著者が生まれるという好循環、再生産が生じ、博文館の新たな伝統となっていく。
『文藝倶楽部』は岡本綺堂を見出し、樋口一葉、泉鏡花を育てた。鏡花は硯友社の総帥紅葉の一番弟子である。『太陽』は三十三年という長きにわたって博文館の顔となった総合雑誌。そして次にこの雑誌王国をリードしたのが『新青年』。娯楽雑誌として江戸川乱歩や横溝正史を輩出し、ミステリー黄金時代を築く。
さて、「読む」の次に企画したのは「書く」である。日記が出回り始めた時代、記事の充実した博文館の日記シリーズは群を抜いて人気を博す。現在も博文館新社に引き継がれ、日記といえば博文館!となっている。
文を書くとなれば語彙が必要となる。そこで手がけたのが辞書である。新村出編『辞苑』の刊行。後に岩波書店に受け継がれ『広辞苑』となる。創業者の計画の総決算は、万人に読書機会を提供する私設図書館の創設であった。明治三十五年、開館を目前にして大橋佐平は没する。
一般に日本の近代文学は二葉亭四迷の『浮雲』を端緒とする。個人と自我の探究、作者と作中人物の新しい関係に注目が集まる。その流れで自然主義文学、私小説といった方向が文学史の主流となる。
佐平が亡くなった直後に大逆事件が起こった。天皇を家父長とする天皇制国家の確立を目指す政府は、「家」に疑問を投げかける文学者たちを危険分子として扱うようになる。後年、プロレタリア文学が弾圧される時代も訪れる。しかし博文館は無事であった。
もともと日清日露戦争の際に、戦況報告で大儲けしていた経験があり、軍部との繫がりを維持し、政府にも近づき、ますます体制的に事業を拡大していったのだ。その結果、敗戦とともに、財閥解体、公職追放により博文館は終焉を迎える。コンツェルンを成していた組織も、共同印刷、東京堂書店、博報堂というように独立していった。国が好戦的な姿勢を示す時代のメディアのあり方についても本書は多くの示唆を含んでいるのだ。この儚い最盛期の博文館のトップは、長年佐平と苦労を共にした息子の新太郎である。彼は様々な分野に事業を広げると同時に政界にも進出し、衆議院議員にもなっている。
この大橋新太郎が尾崎紅葉の大ベストセラー小説『金色夜叉』の大富豪、富山のモデルという話がコラムに出てくる。一方「今月今夜……」の貫一のモデルは、紅葉の親友巖谷小波という説である。いい加減な話らしいが、小波は自ら『金色夜叉の真相』という本まで書いている。実は、小波は評者の母方の祖父である。その「軽さ」は母から聞いていた通りだ。(ふじばやし・みちお=フランス文学者)
★ほり・けいこ=東海大学教授・日本近代文学・比較文学。著書に『日本近代文学入門』『日本ミステリー小説史』『和装のヴィクトリア文学』『新聞小説の魅力』など。一九七〇年生。
書籍
| 書籍名 | 伝説の出版社 博文館 |
| ISBN13 | 9784480018458 |
| ISBN10 | 448001845X |
