2026/04/03号 5面

幻想文学怪人偉人列伝

幻想文学怪人偉人列伝 礒崎 純一著 倉数 茂  本邦には、どうしてこのような会社が成立し、しかも営業を続けられているのかと、畏怖と怪訝の念をいだかざるを得ない出版社がいくつか存在するが、筆頭が国書刊行会だ。思春期の頃、図書館の棚にずらりと居並ぶ世界幻想文学大系の威容に陶酔し、長じては『山尾悠子作品集成』という巨冊に仰天した書評子もファンの一人である。  凝りに凝った装丁、値段とヴォリュームにおける大艦巨砲主義、そして近現代文学の地下水脈の枢要を過たず撃ち抜く抜群のセレクションによって、国書コスモスともいうべき、独自の文学圏を形作っている。いつかここから自分の本を出したいと願っている幻想文学寄りの作家は数多いるはずだ(不肖ワタクシめも!)。  その出版社のベテラン編集者が、天空を彩るきらめく星々(澁澤龍彥、種村季弘、橋本治……)との交友を裏話まじりで書き下ろすのだからつまらないわけがない。文学者十一人、実業家ひとりの、ときに抱腹絶倒、ときに哀切可憐な想い出話の数々に、書架を漁って登場する作家たちの本をふたたび開いてみたくなる。たとえば種村季弘の愛読者であれば、彼の文章にたびたび出現する松山俊太郎なる怪人物を覚えているかもしれないが、古今東西の「蓮」を研究しているというこのサンスクリット学者が、いかなる人物なのか本書を読んではじめて得心がいった。しかも、自室が「蓮」の字を含む無数の書籍で埋もれていたとか、左手の手首の先がなく(自作の手榴弾の暴発による)、しかしなぜか空手の達人であったとか、期待を裏切らない呆然エピソードが続く。  あるいは須永朝彦。二〇二一年に亡くなったこの耽美文学者が、晩年窮迫し、希死念慮の色濃い言葉をSNSに投じていたのは私も目撃してずいぶんもやもやしたものだが、その顚末も記されている。本書によれば、性狷介で完璧主義者の須永は、体調の不調もあって、二〇〇〇年ごろから書けなくなり、所蔵本や生原稿を売って食いつなぐ生活に転落していたという。  その須永朝彦の小説集を彼の死後に編んだ山尾悠子の章も魅力的だ。極端な寡作ゆえ、ほとんど幻の作家となっていた山尾に、著者は単行本化されてなかった作品も含めて一冊の書籍とすることを提案する。七六三ページ、重量一・四キロのこの『山尾悠子作品集成』によって、山尾悠子復活の烽火が上がったといっていい。山尾悠子にはあるパーティー会場で一度だけお目見えしたことがあるが、その場所では翅を広げた孔雀のごとく、近づきがたい威容を赫奕と発していた幻想文学の女王が、意外と茶目で可愛らしいお人柄であることも書かれていて楽しい。  しかし怪人物ばかりの本書でも、一際印象的なのが末尾の国書刊行会社長佐藤今朝夫だというのも奇なるところかもしれない。佐藤は創業社長だが、貧困家庭出身の、文化の香りなどない俗気芬々たる人物だった。しかし稀代の翻訳家紀田順一郎が持ってきた「世界幻想文学大系」の企画書にその場でゴーサインを出したことから、地味な印刷会社があれよあれよと秘教めいた怪奇幻想の牙城へと変貌していく。他の章の怪人偉人が、いずれも知と美の世界で戯れる優雅なスタイリストであるのに対して、佐藤今朝夫はエネルギッシュかつ型破りな「中小企業の親父」であり、観念の遊びには一瞥もくれずにもちまえのバイタリティで会社を経営してきた。アイデアマンであり、大量に仕入れたバッタ売りの靴から、白紙のままの束見本まで、社長みずから店頭に立ち、バナナの叩き売りよろしく売り捌いてきたという。この前時代的な猛烈経営者と、高踏趣味的な出版物のとりあわせがなんとも珍にして妙でおかしい。文学的奇想を成立させるためには、したたかなリアリズムの裏打ちが不可欠であるように、畸なる文人が棲息するためには、輪をかけて偏奇なところのある実業人が必要であるようだ。(くらかず・しげる=作家)  ★いそざき・じゅんいち=編集者・文筆家。元国書刊行会編集長。『バベルの図書館』(全三〇巻)『日本幻想文学集成』(全三三巻)などを編集。著書に『龍彥親王航海記澁澤龍彥伝』(読売文学賞[評論・伝記賞])など。一九五九年生。

書籍

書籍名 幻想文学怪人偉人列伝
ISBN13 9784480815903
ISBN10 4480815902