追悼=祖父江慎
デザインをつぶやく祖父江慎の言葉
管啓次郎
祖父江慎の言葉がビビビとやってくる。ビビビというのは水木しげる先生のねずみ男が人に意地悪な暴力をふるうときの擬音語だが、祖父江さんにぼうりょくはなく人の目をさます新鮮なやさしさがある。気づかせる、考えさせる、元気づける。言葉は声であり喋り方でもあるので、文字で読んでもその背後にはいつもの彼がいて笑い、迷い、決断し、つぶやいている。そんな彼の大粒な真珠かとんぼの目玉のような言葉が二冊の小さな本となって届けられた。『朝のデザインさん』、こちらは縦書き。横書きのほうは『夜のデザインさん』(二冊ともパイインターナショナル刊)。いずれもTwitter/Xへの彼のポストをまとめたもの。
不世出のデザイナーの人生と思想がぎゅっと握られかたちをとった、並ぶもののない書物だ。薄い本たちなのに実在感がすごい。そこにいてくれる。一種の紙製ラジオのように、無音の声が話しかけてくれる。このところ机の上に置きっぱなしにしているので、ずっと彼の声を聞いているのとおなじだ。こういう言葉が生活に伴走してくれるのは心強い。デザイナー志望のきみだけでなく、あらゆるわれわれに「意図」とその実現をめぐるヒントをずばり教えてくれる。
「デザインは、うっとりやわくわくを伝え、広げてゆくことだね。」
「デザインは、もちろん完成をめざして進めていくんだけど、デザインが完成したときはいつも途中でなくてはいけないよ。」
「デザインって、ひと目でばれる。百の知識があっても、ひとつの「好き」にはかなわない。嫌いなうちは、デザインしちゃダメなのだ。」
「デザインって、間をとりもつコミュニケーションの道具じゃなくて、直接的で具体的な「活動」だ。考えるより、まず動き続けよう。」
いずれも『朝のデザインさん』から。デザインとはいわば未定型の意志のようなものだが、それが何かを意図してわれわれをうながし、活動に向かわせる。デザインの基底にはどうも愛としか呼べないものがあり、何かを実現しようとしてわれわれは触発され、かたちを探ってゆく。そこに関わってくるのはイメージ。言語にならず、かたちになるまえの、すばやく点滅するようなイメージの氾濫が、彼の仕事はじめ。
「まず思い描かなきゃなのは、形をもっていないイメージの角度やスピードのほう。レイアウトや仕上がりの形はあとまわしでいい。/一緒に過ごしていれば、見える姿に勝手になってくれるから、そんなに心配しなくても大丈夫。」
「イメージは、つくるものじゃなくって、受けとめるもの。自分の中を探すんじゃなくって、自分の外にあるものに驚いて反応すること。」
「イメージは目標物だけに留めていないで、もうひとつ先のつながりや変化も同時につなげながらゆらゆらと。」
こんな引用をおなじ本からどんどん続けたくなる。そこには彼の物の捉え方、思考、実用的な助言が、彼の人柄のあたたかい光をまぶされて、惜しみなく語られている。彼の無音にかぶせて、自分の声で読んでみるのもいいだろう。それを続けているうちに、あるときふらりと何かが変わる。考えが変わり、目が変わる。
デザイナーとしての彼のすごさは、ぼくがいうまでもない。鋭利きわまりない直観とそれを造形する正確緻密な職人技をあわせもっていた。かたち、色に対する感覚はもちろんだが、フォントに対する興味がすごかった。つまりは文字への。二〇一八年の秋、中国・貴州省を一緒に旅したことがある。中国南東部の辺境地帯にして最貧地域、少数民族の人口が多く、いくつかの民族が伝統をよく守っている。旅をしながら彼はノートに鉛筆書きでメモをとった。「肇興」「黄崗」「厦格」と訪れた村の名を記し、発音と簡体字を添えていった。中国好きなソビーはずっとごきげんで、好奇心を全方位にむけ、おもしろい思いつきを口にしてはみんなを笑わせていた。文字好きであると同時に音にも大きな関心をもっている。「文字の統一は帝国の統一」と考える彼は、文字をもたなかった人々の地名が漢字によって変更されてきた歴史を忘れなかった。ぼくらが訪れたトン族の村は大規模な歌の祭りで世界中に知られているが、かれらの歌にふれて「もしかしたら、漢字がないっていうことによって、音に対する勘がすごく良くなって、ああいう歌文化ができたのかもしれない」とも語っていた。鋭い意見。
「言葉は、文字になることを夢見ているのかしら。それとも文字になって閉じ込められてしまうことを拒むのかしら。/言葉は、読むことで文字から解放されるのかしら。それとも文字に留まっていることで落ち着くのかしら。」これは『夜のデザインさん』より。去年の十一月、彼がデザインしたぼくの詩集『数と夕方』の復刊記念朗読会が城崎温泉の小林屋旅館で開催され、彼はそれに出演してくれた。また中国に行こうよと話した。それなのに、ああ、そのソビーがこの春に亡くなってしまい、その不在と引き換えに、時空を超えた贈物のような二冊がいきなり届けられたのだ。ぼくは言葉を失ない、いまも失なったままだ。それで最後に彼の言葉を同書からもうひとつ引用します。読めばきみも泣ける。それはよろこびにみちた別れの言葉のようにも読める。
「野生の状態で発生し、人として育ち笑ったら、こんどは人を忘れるために文字や絵に関わり暮らしてゆく。これはただのいきものにもどる練習。人であることを忘れるためのわくわくなよろこび。」(すが・けいじろう=詩人・比較文学者・明治大学教授)
祖父江 慎氏(そぶえ・しん=ブックデザイナー、アートディレクター)三月十五日死去。六六歳。
一九五九年愛知県生まれ。多摩美術大学在学中に工作舎でアルバイトを始める。工作舎勤務を経て、一九九〇年コズフィッシュを設立。吉田戦車『伝染るんです。』から夏目漱石『心』(刊行百年特装版)まで様々な造本を手がけた。
