2026/05/15号 3面

防災地元学

防災地元学 小田 隆史編著 豊田 祐輔  日本は数多くの自然災害を経験し、その都度、被災の記憶や教訓を後世に活かすべく、伝承や生活の知恵を各地に蓄積してきた。しかし今日では、居住者の流動化や地域住民同士の関係の希薄化、居住地への愛着の低下が指摘されている。こうした状況のもとで出版されたのが、『防災地元学―地誌で読み解く災害の記憶と知恵』である。本書が提示する「防災地元学」は単なる防災マニュアルでも、専門家のための学問でもない。地域に暮らす人々が自らの足元を見つめ、学び、考え、行動へとつなげていく姿勢そのものを指している点に、本書の最大の特徴がある。  本書が現代社会においてとりわけ重要である理由は、防災を目的としながらも、その射程が地域再生にまで及んでいる点にある。災害の履歴や地形、地名、伝承を手がかりに地域を読み解く営みは、地域の成り立ちや先人の営みに目を向ける契機となり、結果として地域への理解と愛着を育むことにつながるであろう。すなわち「防災地元学」は、地域コミュニティを再び結び直す原動力となり得る考え方なのである。  第1章では、「地誌」「地域知」「地元学」といった概念を丁寧に整理し、防災地元学が生まれた背景と意義を解説している。学問的説明にとどまらず、なぜ今、防災地元学が社会的に求められているのかが明確に示されており、読者にとって理解しやすい導入となっている。  第2章では、民話など各地に伝えられてきた物語を「地域知」として位置付け、災害との関係から読み解いている。さらに、全国災害伝承情報データベースをもとに、全国各地の災害伝承が紹介されており、読者自身の出身地や居住地、関わりのある地域の事例が含まれているであろう。本章は、先人の語りに耳を傾けることの意義をあらためて実感させる内容となっている。  第3章では、神社の奉納物や地名に刻まれた災害の記憶を取り上げることで、過去の災害経験との結びつきを明らかにしており、示唆に富む。近年、住宅開発などに伴い地名が変更されることもあるが、地名は本来、災害経験を後世に伝えるために先人が残した重要な地域知であることが強調される。また、阪神・淡路大震災や海外の事例にも触れ、地域特性に応じた柔軟な伝承の仕組みの必要性を指摘している。  第4章は、防災地元学を実践するための具体的な方法を示す章である。デジタル地図の活用は専門的で難解に思われがちだが、「重ねるハザードマップ」や「今昔マップ on the web」など、誰でも利用可能なツールが紹介されており、実践へのハードルを下げている。災害伝承施設や災害ツーリズム、身近な防災関連施設の紹介を通じて、災害を「自分ごと」として捉える視点も提示されている。  第5章では、高等学校「地理総合」の授業実践に加え、防災まちづくりの事例が紹介され、防災教育と地域づくりという、地域コミュニティ防災の要となる二つの実践が論じられている。  本書で示されている実践をすべて行うことは容易ではない。しかし、「自分たちの地域で何ができるか」を考え、できるところから取り組むことこそが重要である。本書は、そのための視点とヒントを豊富に与えてくれる。ただし、実務や研究の分野においては、防災まちづくりと防災教育の連携の重要性が示される一方、両者の協働については、今後さらに事例が蓄積されることが期待される。しかし、本書は完成された実践論を示すものではなく、各地域が自らの特性に応じて創意工夫していくための出発点を提示するものである。歴史ある地域に限らず、比較的新しい住宅地においても、本書を手がかりに地名や周辺環境、過去の災害をたどることで、その土地がもつ特性やリスクを知ることができる。そこで得られる気づきは、防災への備えにとどまらず、地域との新たな関係を築き、未来を構想する一歩となるだろう。本書は、現代社会において防災と地域再生を同時に考えるための、きわめて時宜を得た一冊である。(執筆=後藤健介・黒木貴一・佐藤健・桜井愛子・田部俊充)(とよだ・ゆうすけ=立命館大学教授・政策科学)  ★おだ・たかし=東京大学大学院准教授・地理学。日本安全教育学会理事。著書に『社会科教育と災害・防災学習』、編著に『教師のための防災学習帳』など。一九七八年生。

書籍

書籍名 防災地元学
ISBN13 9784469280272
ISBN10 4469280275