2026/02/27号 7面

日常の向こう側 ぼくの内側(横尾忠則)

日常の向こう側 ぼくの内側 728 横尾忠則 2026.2.16 画家になるためには特定の主題と様式がないとダメだと言われるけれど、ぼくにはそんなものがない。そんなものを目的にすると実に不自由である。頭で描くのではなく生理に従って描く。だから何も必要ない。  森山大道さんと写真と絵画の合作本を作るために、国書刊行会の清水さん来訪。  入院中のおでんの食道が炎症を起こしたが、腸の働きも腫瘍も落ちついて、今は薬と流動食で炎症が治まるまで一週間。 2026.2.17 〈神戸で妻と帰京までの時間、どこかで腹ごしらえと思うが、2人共世間慣れしていないので、どうしよう、どうしようと困る〉夢を見る。  尾上右近さんが「研の會」の最終回のポスターの依頼に。出し物は「鏡獅子」。油絵で描けないものかと考える。  ロンドンのテームズ&ハドソンで出版される豪華画集の校正刷りがダンボールでごそっと来る。全作チェックは面倒臭い。「もうこのままでOK!」みたいな返事をする。  夜、黒澤明監督「野良犬」観る。全篇やたらと汗を拭くシーンが過剰。黒澤さんに「どーして汗ばっかり拭いているんですか?」と聞いたことがある。「あの映画は冬に撮った。夏に撮ると夏の感じがでない」と。そんなもんかと納得。 2026.2.18 〈CBSソニーの盛田昭夫元会長とピンポンをするが、インチキプレーに負けてしまった〉という夢を見る。  定期診断で玉川病院の三先生を訪ねる。二先生から肺が弱っているので吸入器をサボったらダメと注意を受ける。  池田動物病院に入院中のおでんが少しずつご飯が食べられるようになったとか。妻の食欲がないのが心配。 2026.2.19 茂木健一郎さん来訪。食事をはさんでその前後4時間近く対談というか、茂木さんの突っ込みを受けたりかわしたりのアクロバティックは結構スリリング。口に指を突っ込まれて吐き出させられている感じは、苦痛でも快感でもあった。 2026.2.20 〈増田屋でそばを食べて表に出るとそこが万博会場のパビリオン内にいるような世界でとまどった〉という夢を見る。  翻訳者の金子さん来訪。ぼくの英文の伝記本を出したいという出版社があるので、企画書を出したいとか。  妻がこの前倒れて入院して以来、食欲がないというので、好物のうな重の出前を取る。まあまあ食べれたので安心。 2026.2.21 気温も高く、雲ひとつない快晴。コンビニの弁当を食べたあと、野川へ原稿用紙を持って出掛ける。土曜だというのに思ったより人出はなく空っぽ。あちこちのベンチの様子を見ながら移動する。原稿でも書こうと思ったが、公園同様、頭の中は空っぽで、何も考えられない。犬を連れて歩いている人、おかしな恰好でリハビリの出来損ないのようなことをしている人、誰の顔を見ても空っぽの顔をしている。2時間近くの空っぽ状態のあと、アトリエで週刊新潮のエッセイと日記の整理などをする。あっという間に5時になったので帰宅する。 2026.2.22 大阪マラソンに初マラソンの吉田が2位以下を滅茶苦茶に離し、日本記録間違いなしといわれていたのに、次々と日本選手にも追い抜かれて、影も形も見えない。  IPS細胞の薬が来月から発売されると、心不全とパーキンソン病にとっては、画期的な光明になる。ぼくは心筋梗塞だが、妻は心不全、長男も心臓に欠陥がある。周辺にはパーキンソン病の知人が4人ほどいる。一日も早く実用化してもらいたい。  今日も風は少しあるが快晴。アトリエのバルコニーで日光浴をかねて、ボンヤリする。  仮眠中に〈空に7機のUFO。大声で妻を呼ぶ〉声で目が覚める。  NHKの古典への招待で、尾上右近さん主演「義経千本桜」。静御前に右近さんのキツネ。文字通り右近さん大熱演舞台。(よこお・ただのり=美術家)