2026/08/07号 5面

「正統な道を辿ったジャック・ドゥミ」(ジャン・ドゥーシェ氏に聞く)448(聞き手=久保宏樹)

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 448 正統な道を辿ったジャック・ドゥミ  HK ジャック・ドゥミの映画は、ミュージカル映画というジャンルの終わりに位置付けられるような作品が多いですね。ミネリやドーネンが形作っていたMGMミュージカルの夢が、現実の世界に引き戻されるような感じがします。スタジオでの撮影が現実空間に置き換わったり、フィルムの表現する色の質感も発色が悪くなっていたり、歳を取ったジーン・ケリーが出演したりしている。さらには、物語もどちらかというと悲劇的なものが多いですね。  JD はい。彼は、私たちとは少し距離がありましたが、ヌーヴェルヴァーグの一部をなしてはいます。ドゥミの辿った経歴は、非常に興味深いものです。彼は映画を学校で学び、アニメーションの世界で働いた後に、映画を作るようになります。つまり、当時の映画の世界では、非常に正統な道を辿っています。しかし、フィクション映画を作る有名映画監督の下でアシスタントをしていたわけではありません。彼が行なっていたのは、アニメやドキュメンタリーのちょっとした仕事です。そうした仕事をしている最中に、ジャン・コクトーやその周辺の人と知り合い、コクトー原作の短編を作りました。そして、ジョルジュ・ド・ボールガールと知り合い『ローラ』を作ることができました。ボールガールは、ゴダールの『勝手にしやがれ』の成功もあり、新しい映画を作ることのできる若い世代の映画監督を探していたのです。私たちが知り合ったのもその頃です。  つまりドゥミは、私たちと比較すると正統な道を辿ってきたのですが、ヴェルヌイユやピエール・グラニエ=ドフェール、ミシェル・ドヴィルなどの伝統的なフランス映画の外にはいたのです。ドゥミは公言してはいませんでしたが、バイセクシャルでした。コクトーやジャン・マレと知り合ったのにも、そのことが関わっていたはずです。  彼は、犯罪やギャングものには興味がなかった。言い換えると、ジャン・ギャバンやリノ・ヴァンチュラが出演するような映画です。そうではなく、彼が興味を持っていたのは、想像の世界、自分の身の回りにある世界、要するに彼の感性に基づいた世界です。彼が映画の着想にしたのは、シャルル・ペローのお伽噺やアメリカのミュージカル映画、マックス・オフュリュス、ジャン・コクトーなど、自らの琴線に触れたものです。しかし彼の作った映画の大半には、ちょっとした苦味が加わっています。なぜならドゥミは、逆説的に、〈現実主義者〉だからです。  多くの映画監督は、想像の世界を想像の世界において作ろうとします。それはアニメーションの世界では、絶対的な規則です。実写映画においても、大半の映画は想像によって作られます。つまり、紙の上での知的な操作によって作られるわけです。映画を実際に撮影する前に、脚本やストーリーボードなどで構想される。当然ながら、そうした知的な操作に先行する映画や、両方が混ざり合う映画もあります。偉大な映画監督たちは想像と現実の両方の重要さを理解しています。ヌーヴェルヴァーグの監督たちは、そのような映画作りを続けてきました。  ドゥミの映画に関して言うならば、当然のことながら彼は、想像の世界に興味がありました。映画とは想像に負う部分も大きいですから、当然のことでもあります。しかし彼は、大半の人のように割り切ることがなかった。彼は非常に感性に富んだ作家です。彼の身の回りの世界には、一方で想像の世界があり、他方で現実がありました。想像の世界は、しばしば喜劇で終わることがあります。しかし、現実は総じて悲劇的なのです。だから、もしその想像の世界が現実の世界に入り込むのであれば……。現実の世界が想像の世界へと変貌するのであれば……。そこにドゥミの映画の賭けがあります。  ドゥミの映画に関して興味深いのは、実は非常に地域的な映画であるということです。ドゥミは、フランスの西側の大西洋側地域の出身です。彼は、ナントとその周辺の地域に愛着を持っていました。彼の初長編の『ローラ』は、まさしくナントを舞台にしています。物語の舞台の主な場所は、ナントでも有名な歴史あるビストロです。彼はそのビストロを映画の中ではキャバレーとして利用しています。それも非常に逆説的な行いです。     〈次号へつづく〉 (聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)