2026/04/17号 6面

漫画の中の漢字を学問する

漫画の中の漢字を学問する 円満字 二郎編 出原 健一  本書は、漫画の中で用いられている漢字の特徴や効果を、複数の論者が様々な側面から論じることで、この分野の研究の発展性・豊饒性を示した書である。全体構成としては、本書が生まれるきっかけとなった座談会の記録と、5人の論者による考察からなる。それぞれ紹介していこう。  座談会では、漫画の中の漢字が持つ力について4人の論者が研究提起を行っている。ここでは、漢字表記が読者に与える効果や、漫画全体の雰囲気づくりに果たす役割が多岐にわたることが明らかにされている。詳細については、後述の各考察とも重なるためここでは省くが、この箇所を読むだけでも、「漫画と漢字」というテーマが多様な研究の可能性を持っていることが伺えるだろう。  各論に移ると、まず藤本灯氏は、漢字学習素材・語彙習得教材としての漫画の側面と、漢字の読みの様相について論じている。前者については、学習者にとって難しい漢字でも、漫画という媒体では絵という補完要素が付随するため、自発的に繰り返し漫画を読むことによって、学習効果が期待できることを丁寧に示している。後者については、漫画の中での自由な漢字の読みが、名付けなど社会における漢字運用に大きな影響を与えていると指摘する。また、特殊なルビについても言及しており、それが漫画においてどのように機能しているかを考えるための事例を多く提示している。  加藤大鶴氏は、少年漫画に現れる漢語の必殺技がなぜ格好良く感じられるのかという問いに対し、漢語の「分かりにくさ」から生じる神秘性に着目する。そして音素配列論の観点から、必殺技の音節構造やリズムを分析し、データに基づいた説得力のある論証を行っている。  文字史研究者の岡田一祐氏は、漢字学における「かたち」の研究の概要を紹介したのち、佐々木倫子『動物のお医者さん』を中心に、背景に書かれる文字(漢字に限らない)の書体について詳細に分析している。複数の書体が厳密に使い分けられているわけではないものの、動物の台詞や内話と解釈できる表現に、一般的でない書体を用いることで、解釈の多様性(それが本当に動物の真意なのか、それとも人間の解釈にすぎないのかといった点)を保持する可能性を指摘している。  金木利憲氏も漫画の背景文字に焦点を当てているが、こちらは漢字表現に対象を絞っている。背景に用いられている文字を、セリフ、擬音語・擬態語、情景描写に分類し、それぞれにおいて他の表記ではなく漢字が用いられている事例を検討している。そこから、漢字は音だけではなく意味も持っているため、音と意味の両義性を表現できること、さらに画数の多さに由来する「重さ」「技の強さ」「奥義っぽさ」といった印象が作品の雰囲気づくりに寄与していることを指摘している。  そして最後に三浦直人氏は、漫画と漢字、あるいは漫画と日本文化とを安易に結びつけるアナロジーに対して、批判的検討を加えている。なぜ、日本で漫画がこれほどまでに発展したのかという問題について、これまで多くの論者は、日本の固有文化と漫画の特徴との「共通点」にその理由を求めてきた。だが、そのようなアナロジカル・シンキングの危うさがここでは論証されている。  三浦氏が提示するこの姿勢は、本書に収められているすべての論考にも通底している。いずれの論者も安易な一般化や抽象化によって結論を急ぐようなことをせず、個々の事例を丁寧に整理・提示している。漫画で用いられている漢字の効果を明らかにするにあたり、反証可能な仮説を建てることは容易ではない。こうした萌芽的な研究においては、まず具体的事例を地道に収集し、整理していくことが重要であろう。その意味で本書は、「漫画の中の漢字を学問する」ための優れた出発点を提示している。漫画研究と言語学との学際的領域に新たな地平を開いた一冊である。(いではら・けんいち=滋賀大学経済学部教授・認知言語学)  ★えんまんじ・じろう=ライター・編集者。一九六七年生。  (著者=円満字二郎、藤本灯、加藤大鶴、岡田一祐、金木利憲、三浦直人)

書籍

書籍名 漫画の中の漢字を学問する
ISBN13 9784473047038
ISBN10 4473047032