ありがとう!ノンタン五〇周年(偕成社)
<子どもはみんなノンタン‼これからも。>
千葉美香×安井素子
累計三五〇〇万部の大人気「ノンタン」シリーズが今年、第一作刊行から五〇年を迎えた。これを機に、七年ぶりの新刊・立体しかけ絵本『ノンタンのおうち』の発売、東京・立川のPLAY! MUSEUMで「誕生50周年記念ノンタンずっとともだち!!!展」開催など、お祝い企画が目白押し。公式サイトもリニューアルし、「ノンタン」の楽しい世界がますます広がっている。本紙では偕成社で「ノンタン」担当編集者として勤めた千葉美香さんと、元保育園園長で子どもの本の紹介に従事する安井素子さんに対談をお願いし、「ノンタン」についていろいろとお話しいただいた。(編集部)
千葉 刊行から五〇年を記念して、今日はノンタンについて安井さんとお話しできるのがうれしいです。
安井 我が家も長い間ノンタンにお世話になっています。ノンタンで育った息子が「やっぱりノンタンだろう!」と今、自分の子どもに読み聞かせしているんですよ。
千葉 母として読んでいた方々がお孫さんのために読むようになるなど、ありがたいことに世代を越えて愛読いただいています。
安井 千葉さんはいつから「ノンタン」の編集に関わっておられるんですか。
千葉 一九九六年からです。著者のキヨノサチコさんが二〇〇八年に亡くなられた後も、退職するまで担当しました。
安井 私は読者として、一九八五年と八八年生まれの子どもと、それから保育園の現場でも「ノンタン」を読んできました。日本初の子どもの本の専門店・メルヘンハウスでは、初代「ノンタン」編集者の鴻池さんともよくお会いしました。鴻池さんはハンチングをかぶって金の鎖をつけて、とても子どもの本の編集者には見えない風貌でしたが(笑)。
千葉 皮コートを着てね(笑)。カリスマ編集者でしたよね。私は鴻池さんの下でアシスタントとして手伝い始めて、鴻池さんのリタイア後、担当を引き継いだかたちです。
個人的な「ノンタン」との出会いで印象深いのは大学生のときです。家の近くの絵本専門店でアルバイトをしていたんですね。ある日若いカップルが来て、男の子のほうが、『ノンタン ぶらんこ のせて』を、女の子に読んであげていたの。「ノンタン ノンタン、ぶらんこ のせて。/だめ だめ、まだ ぼく、ちょっぴりしか のってないんだもん。」って。レジにいた私は聞いているだけでしたが、なんて言葉のリズムが面白いんだろう、とまず耳で出会いました。
「ノンタン」の魅力の大きな一つは、リズム感のある言葉だと思いませんか。
安井 本当にそうですね。しばらく「ノンタン」を読んでいなかったのだけれど、「とってん とってん、とってん。ばしゃ ばしゃ。」とか「おねしょで しょん なかよく しょん。」とか、昔読んだ言葉は全て頭に入っています。子どもたちがブランコで遊ぶとき、当たり前のように「おまけの おまけの きしゃぽっぽ、ぽーっと なったら かわりましょ!」と歌うのも、「ノンタン」の影響ですものね。
千葉 絵本の楽しい言葉は、生活の中に自然に入ってきちゃう!
安井 お風呂では「あわぶく ぷくぷく ぷぷぷぷ ぷう。」と言いながら洗ったり、じゃんけんも、変なのーとか言いながらも、「にゃんころ ぽん あんみつ ぱん ホーホーでしょん ちょこぱん ぽん ノンタンでしょん。」って、ノンタンたちみたいに言ってみたくなる。
千葉 ただ誕生当時は、漫画のような絵だとか、こういう本を子どもに与えてはいけないという、批判的な意見もあったようです。それでも子どもが読みたいと、子どもの支持で人気になった絵本なんです。
安井 芸術性とか文学性とか評価軸はいろいろあるけれど、そんなもの子どもには関係ないですからね。私は長年、読み聞かせしたときの子どもの反応を、絵本書評として記録してきました。感じるのは、子どもには本質的にいいもの、面白いものを見極める力があるということです。ノンタンが五〇年愛され続けてきたのは、子どもに支持されたからこそ、なんですよね。
安井 最初の構想では、キャラクターはきつねだったそうですね。
千葉 最初に編集部へ持ち込まれたのは、「あかんべきつね」という作品でした。キヨノさんは何社も回られた後に偕成社にいらしたのですが、鴻池さんは一目見て、当時刊行されていた絵本とは違う、子どもの目線をもつ作品だと感じたそうです。
安井 それが『あかんべ ノンタン』になるわけですよね。キヨノさんは新美南吉が好きで、きつねを主人公に描きたかった、とか。
千葉 それをもっと子どもたちに身近な動物にしてはどうか、と編集側から提案したそうですがキヨノさんはすぐには、うんとおっしゃらなかった。新美南吉の『手ぶくろを買いに』のきつねが印象深くて、他の物語ではいいイメージで描かれることがほとんどないきつねを、絵本を描くならぜひ主人公に、という思いがあったようです。
安井 でもやっぱり、しろねこのノンタンがかわいいですよね。名前も「ドラくん」だったのを、鴻池さんの娘の友だち、人気者の「ノンちゃん」からヒントを得て変えたんですってね。
ノンタンのよさは、悪い子ではないけれど良い子でもない、子どもそのものなところ。そして、「ノンタン」の世界には、「そんなことしてはダメだよ」と正す大人が出てこない。
『あかんべ ノンタン』の最後も、「あかんべで友だちをおどかしてはダメだよ」ではなく、「あかんべは こわかった。でも やっぱり やめられない、おもしろい!」ですものね。
千葉 当時、教育的な内容の子どもの本が多かった中で、めずらしいですよね。
安井 『ノンタン ぶらんこ のせて』のように、本当は子どもの世界のことは、子どもどうしで解決できるはずなんです。途中で大人が口をはさむからよくない。最近は保育業界でも、「主体的な保育」と言われるようになりました。もともと子どもたちの中には、そういう力があると思っています。
千葉 子ども同士の世界では、いろんなことが起こってますよね。鴻池さんご自身もいたずら好きだったり、当時若かった私にとっては「おじさん」でしたが、子どもそのままを受け入れる姿勢がある方だと思っていました。キヨノさんは好奇心が強く、自分のしたいことに向けて突き進んでいく方でした。
『ノンタン いたいの とんでけ〜☆』も、 キヨノさんが「とんでいった〝いたいの〟はどうなると思う?」とおっしゃったところから生まれました。子どもにウケるかどうかではなく、キヨノさんご自身が面白かったり、不思議に思ったりしていることを描いているんです。子どもの目を持った、ノンタンみたいな方でした。
安井 『ノンタン ぶらんこ のせて』『ノンタン おやすみなさい』『あかんべ ノンタン』からはじまる「ノンタンあそぼうよ」シリーズと並行して、「赤ちゃん版」も出ていますね。
千葉 キヨノさんに二人目のお子さんが生まれたときに、赤ちゃん絵本を書きたいと思われたそうです。ご自宅では落ち着いて描けないということで、偕成社の会議室に毎日通っていらした。マットレスを敷いてそこに赤ちゃんを寝かせてね。小学校の低学年だった、お姉ちゃんも一緒に来ていました。それが八七年ぐらいでしょうか。
安井 食べる、寝る、遊ぶ……赤ちゃんの生活の場面を描いている。
千葉 それから挨拶、はみがき、おしっこ。
安井 それが見事に、「保育所保育指針」の「五領域」――健康、人間関係、言葉、環境、表現――を網羅しているんです。キヨノさんは、しつけを目的に描かれたわけではなく、赤ちゃんの生活習慣を大事にすること、言葉の獲得の時期に子どもの表現を大切に受けとめること、子どもの好きを伸ばすこと、そうしたまなざしで作られたのだろうと、読みかえして改めて感じました。
千葉 「ノンタン」の絵本には大人が出てこないから、赤ちゃんの生活範囲で起こることを、あくまで子どもの目線で描くわけですよね。
『ノンタン おしっこ しーしー』は、トイレトレーニングに効果があるようですが、内容にしつけの要素はありません。普通なら「おしっこはおまるでしましょうね」、といった言葉で終わるところを、「これ ノンタンの おしっこで~す。」と(笑)。これが子どもに愛される理由でしょう。
安井 もう一回読んで、ってなりますね。
千葉 はみがきも、ノンタンがしているから、自分もやりたいと、子どもの自発性が芽生える。キヨノさんは、大人が言わなくても自分で興味をもったり、こういうことをしてはダメなんだなと気づいたり、子ども自身の力を信じていらしたのだと思うんです。
そして偕成社だから「ノンタン」が五〇年の間、元気でいたのだとも思います。環境は変わっても、五〇年前も今も、基本的に子どもは変わらないですよね。変わらぬ子どもたちを見守り続け、エールを送り続けるのが、偕成社のポリシーですから!
安井 「ノンタン」は古びないですよね。意図していたのかはわかりませんが、時代を感じさせるものが描かれていないし、デザインが洗練されている。ずっと読み続けられる絵本を作ることを、偕成社は常に考えている気がします。
千葉 キヨノさんは遅筆でした。出来上がるまで、根詰めて描かれるので、完成したときに寝込んでしまわれることもありました。
安井 作家さんが命をかけて描かれる本が、子どもに支持されるんですよね。やっぱり、子どもの本質を見抜く力はすごい。
千葉 二五周年のときに『ノンタン いもうと いいな』で、ノンタンの妹・タータンが登場しました。本が出来上がってしばらくしてからキヨノさんがおっしゃいました。「タータンは耳が聞こえないんです。世界にはいろいろな人がいる。そしてノンタンの世界にも、いろいろな子がいるんです」と。キヨノさんは特別ではなく、自然なこととして描かれたのだと思っています。
安井 うさぎさんも三人のうち一人は、耳折れうさぎさんですね。この子だけ男の子で、二人は女の子。それだけじゃなく、個性も感じますね。
千葉 そうですね、他の子とは少し違ううさぎさん。このうさぎさんに心を寄せる子もいました。
ある年のノンタンカレンダーの発売後にメールが届きました。「十一月の絵に耳折れうさぎさんがいない、といって、うちの子が泣くんです」って。確認したら三人とも耳がぴんとしてて……。
安井 子どもは、作り手が気づかないような細かいところまで見ていますよね。その子は耳折れうさぎさんに、感じるものがあったんでしょう。
千葉 責任を感じました。その子にはおわびして、耳折れうさぎさんをシールにしてお送りしたら喜んでくれて。
小さなはちさんも、子どもたちに人気があるんですよ。
安井 表紙に出てくる頻度が高いですよね。
千葉 キヨノさんも、最初の頃は意識していなかったのですが、「うちの子はいつも、はちさんを探しています」という声が多かったので、途中からノンタンのそばに、はちさんを描かれるようになりました。よく見ると、はちさんは表情豊かで、場面に併せて軌道も様々なので、注目です。
安井 昔、保育園で、『ノンタンのたんじょうび』のノンタンクッキーを子どもたちと作ったことがあります。絵本を読んだ後、「ノンタンのクッキー作っちゃおうか?」と言ったときの盛り上がりようは、今も覚えています。
千葉 「作りました!」と写真を送ってくれる方もたくさんいました。仕事で関わった方でも、小さいころに作ったクッキーの写真を見せてくれた人がいましたね。
またファンといえば、小学生の今もノンタンが大好きな子の、大量のノンタンスケッチを見たときには感動しました。
安井 ノンタンが好きな子にとっては、いくつになってもノンタンは友だちなんですよね。
千葉 キヨノさんの娘の美佳さんはあるエッセイの中で、母に似た性格のノンタン。でもやっぱり母とは違う。ノンタンはノンタンとして永遠に一緒にいてくれる家族だ、と書いていました。
千葉 『ノンタン がんばるもん』は、キヨノさんが難病の子どもたちの病院訪問をなさったり、病院の絵本読み聞かせボランティアの方に、「病気の子どもたちががんばれるようなノンタン絵本を作ってほしい」と言われたことをきっかけに生まれました。
安井 ノンタンが病院に行って、注射をがんばる絵本ですね。
千葉 小児科の待合室に多く置いていただいていますし、読者からも、「この本のおかげで予防注射をがんばれました」などと、愛読者カードをたくさんいただいています。
あるとき本を読んだ横浜市立大学附属病院の看護師さんから、心臓カテーテル検査の時に、子どもたちに行う事前説明を、「ノンタン」の絵で描いてほしい、とお願いされました。
検査では足の付け根からカテーテルを入れた後、二十四時間動くことができません。二歳や三歳の子どもに、動かないことを課すのは非常に大変で、鎮静剤に頼ってしまうこともあるとか。「ノンタン」の絵で子どもたちに理解してもらい、検査をスムーズに受けてほしいのだと。その話を伝えるとキヨノさんは、即答で描きましょうと言ってくださいました。
検査のための特殊な検査着を描くために、看護師さんが実物を送ってくださったんですね。それを見たキヨノさんは、こんな小さな子が検査をするのね、がんばって描くわと。短い文章ですが、言葉やリズムにもとても気を配られて、何度も何度も声に出して読みながら、考えていらっしゃいました。最後は、「がんばった! やったね ノンタン! ノンタン すごーい! エイエイ オー!」と終わるのですが、最初にあった「おうちにかえろう」という一文は、帰れない子もいると看護師さんから聞いて修正しました。
そのようにして、六枚の絵からなる「ノンタン けんさ がんばるもん」ができました。二〇〇六年のことです。
安井 検査の前に小さな子どもにも説明をしようというのは、人権に関わる大事な姿勢ですよね。説明する人がいて、がんばるよというノンタンがいて、子どもたちがそれに自分を投影するという。病院の考え方もすばらしいです。
千葉 日本で初めての小児専門の看護師さんがいらした病院なんです。
このカードの中で、検査を受けているのがノンタン本人なのがいいですよね。それが「ノンタン」の本質ですし、絵本の本質でもあると思います。
子どもはみんなノンタンなんです。子どもたちはノンタンと等身大。ノンタンもがんばっているから、注射も検査もがんばれる。
安井 「ノンタン」五〇周年の特設サイトに載っているキヨノさんの言葉もとてもいいですね。「子どもでいる間は入れものに注ぎ入れるより、入れものそのものを大きくしていく時代だと思います。/大きくするのに必要なものが「あそび」。たくさん遊んでおくと、入れものは大きくなります」と。
改めて、キヨノさんが子どもそのものを描こうとするのは、子どもやその生活を大切にする姿勢の延長上にあったのだろうと思います。
千葉 偕成社がこれからも、キヨノさんが残してくださった「ノンタン」を大切に守り続けて、たくさんの子どもたちがノンタンと遊び、ノンタンみたいに自由にのびのび過ごせるように……そう願います。(おわり)
