2026/03/06号 4面

神輿の社会学

神輿の社会学 中川 尋史著 中西 仁  神輿舁き(神輿の担ぎ手のこと)、神社、地元の祭礼組織、祭礼研究者等々。それぞれの立場から神輿の見え方は違っている。本書は著者が2024年に東京に本部を置く日本神輿協会の委員(会長付理事)となったというエピソードから始まっている。日本神輿協会とは「各地の神輿会・町会・自治体・企業・海外参加者をゆるやかに支援する中間支援組織」という。著者は1997年東京都生まれである。であるならば本書は神輿の「中間支援組織」の若い役員が書いた神輿渡御・祭礼の提案書であると評者は捉えた。評者は京都の神輿舁きであり、京都の神輿渡御の研究者でもある。歴史まみれでガラパゴス的な京都の神輿場しか知らない。本書の考察の対象となっている東京の神輿場の状況について、十分理解できていないと思われることを最初に断っておく。  本書の内容は非常に多岐にわたっているが、本稿では「共感資本」及び「道」化による神輿渡御・祭礼の新解釈、神輿渡御・祭礼の再構築(現代化)に焦点を当てる。  著者は神輿渡御・祭礼は「共感資本」であると主張する。著者によれば、共感資本とは「貨幣に換算できない共感や信頼を価値として蓄え、それを基盤に社会的・経済的活動を可能にする資本概念」であり、神輿渡御で「老若男女が一体となって御輿を担ぎ、息をあわせて「わっしょい」の掛け声を上げる」なかで形成されるものとする。神輿渡御で形成された共感資本は「地域コミュニティ内における協力インセンティブを高め、互酬的な助け合いの基盤」となるという。評者は神輿場に於いて長老と呼ばれる人たちから、かつては祭礼での一体感が地域の活性化に繫がっていたが、現代では難しいとの嘆きを聞いたことが度々ある。今日では多くの神輿渡御・祭礼では地域外の参加者が大半を占める。神輿渡御・祭礼が生成する一体感や賑わいを、どのように地域の共同性や日常につなげていくかという課題が、共感資本という鍵概念によって明確となったと感じた。  著者は神輿と日本刀を比較し、「儀礼的重量、精神的象徴性、共同体美学」において、神輿は日本刀と共通すると述べる。日本刀を扱う武術が居合道と呼ばれるように、神輿を舁く事も「道」につながるのではないか。武道や伝統芸能の諸道に見られるように、「道」には背景となる精神及び熟達の為の明確な稽古段階が必要である。精神については、第6章「神輿を担ぐ精神」の日本神輿協会会長へのインタビューと著者によるその解釈が該当するだろう。さらに著者は第7章「神輿と労働――根性論を超える適職の視座」で神輿舁きの「プロフェッショナル」として神輿を舁く事の基本技能、神輿場での立ち居振る舞い、即興性(状況についての判断力)をあげ、それぞれの熟達の段階を示している。以上のことから評者は、精神性と熟達段階を兼ね備えた神輿舁きを育成する「神輿道」なるものを勝手に想像した。  国際連携、社会福祉、経営学などの分野で様々な経歴・所属を持つ著者独自の視点から、本書のさまざまな箇所で神輿渡御・祭礼についての再構築(現代化)が語られる。観光資源化による収益の増大、担い手のグローバル化、ガバナンスの強靭化及び担い手の役割分担の明確化による安全化、高齢者や様々な障害がある人も参加が可能な祭礼の福祉化などである。このようなさまざまな現代化への視点は、新たに神輿の「中間支援組織」に関わった若い著者の自由な発想が感じられる。本書のユニークな点であろう。祭礼団体や地域団体には祭礼運営に参考に出来る部分があると思われる。  最後に本書の課題を提示したい。新たな伝統と、再構築(現代化)が矛盾なく両立する神輿渡御・祭礼とはどのようなものか、読者には想像が難しいと思われる。今後著者には近未来の神輿渡御・祭礼の予想図を提示してもらえれば幸いである。(なかにし・ひとし=立命館大学教授・教科教育学・日本民俗学)  ★なかがわ・ひろし=昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員・共感資本研究所主宰・日本神輿協会会長付理事・福祉社会実践学。一九九七年生。

書籍

書籍名 神輿の社会学
ISBN13 9784763422149
ISBN10 4763422146