2026/09/11号 5面

ジンタルス

ジンタルス 皆川 博子著 下楠 昌哉  ジンタルス。一見して意味がわからない言葉を書名とすることは、簡単ではあるまい。音の響きの妙などはあろうが、書名でもって読者に訴えかけるのが難しくなるからだ。皆川博子のようなキャリアの長い大作家――それにしても御年九十六とは。どうぞいつまでもご健筆で――の最新刊ともなればそのような心配は無用なのかもしれないが、だとしても思い切った決断だ。この作品においてこの言葉が意味するところは複数ある。その一つは、作中で刊行される小説に作者が付そうとしていたが、編集者によって没にされたタイトルである。すなわち読者が手にするのは、作品世界でかなわなかった主人公の夢が実現した書物なのだ。  十九世紀半ばのロシアと中世のラトヴィアやエストニア近辺の地域を行き来する歴史小説である本作はまごうことなきページターナーであり、恵まれぬ境遇にある若者の成長物語と、復讐に燃える中世騎士の遍歴の物語とを同時に楽しめる。あるいは、身分、信教、民族の別ゆえに虐げられた者たちの反抗の物語の集積として読むことも可能だ。しかしながら、この作品が持つ複雑な構造と変幻自在に移りゆく文体は、リニアに筋を追うだけの読み方を読者に許さない。光の当たり方によってその様相をさまざまに変えてゆく宝石を灯りに透かして見るように、このテクストを読む読者はそのストーリーに心躍らせながらも、重層的なテクストの波間に、時にたゆたうことになる。地の文の語り、主人公ミーシャの心中の語り、彼が心に浮かべ書き記した語句、『ジンタルス』ではなく『秘密法廷』となった作中小説の語り、その登場人物の心中の語り、その作中で吟遊詩人が唄いあげる詩……。本書には小見出しがあり、語りの中心となっているのが誰なのかは、作中のリアル人物か作中作の登場人物かを問わず示されはする。しかし読者は、自分が読んでいるテクストが何なのか、それは夢かうつつか、時に自ら見極めなくてはならない。ジンタルスは普通名詞であり、かつてリヴォニアと呼ばれた地域の言葉で「琥珀」を意味する。それはまた、その名を隠して生きてゆく運命を背負った作中作の主人公の名前でもある。琥珀は樹液が固まったものだが、海から浜辺に打ちあげられることもある。皆川は青い琥珀の物語を書くことを構想していたが、青い琥珀は存在しないため、作中の琥珀の色は赤になったという。  本年、皆川のための完全読本『皆川博子の辺境薔薇館【増補版】』(河出書房新社)が刊行された。そこに収録されたインタビューによると、『ジンタルス』の主人公のモデルは農奴出身で画才と詩心双方に恵まれたウクライナの国民詩人タラス・シェフチェンコであり、作中作である『秘密法廷』は、十九世紀のポーランドの詩人アダム・ミツキェーヴィチが、当時の状況を十四世紀のリトアニアとドイツを舞台に描いた『コンラット・ヴァレンロット』から着想を得ているという。そのインタビューにおいて、皆川作品によく現れる同性同士の結びつきについての言葉が印象的だった。皆川自身、自作の中に描かれたような関係は「現実には滅多にありません」と述べている。戦友という関係性を目にしたことが、皆川にそうした強い絆を強く意識させる契機だったようだ。本作においても物語を駆動させるのは、圧倒的に男同士の結びつきである。男女の間に起こる激しい恋慕や破壊的な性衝動は、大きな役割は果たさない。物語終盤シベリア送りになるミーシャには、ドストエフスキー『罪と罰』のラスコーリニコフの姿が重なる。ラスコーリニコフが聖母のごときソーニャの助けによって再生するのに対し、ミーシャを救うのは刎頸の友ステンカだ。一方、親友マクシミリアンを失ったジンタルスは、戦いに明け暮れるなかで自らの復讐の意味を見失い、どこで道を誤ったのかと自問自答する。  ミーシャを支えるある男性の人物は言う。「若い才能を育て開花させるのは、私の使命だ」。こうした純度の高い好意の数々によって、なぜ自分がこんなに良くしてもらえるのかとまどいながら、ミーシャはその才能を開花させてゆく。そのミーシャの姿に、『希わくばの詩』(世界文化社)を上梓した、長距離走者の田中希実さんを思った。なぜ自分が走るのか、この環境下で自分が走ることが許されるのか、田中さんが紡ぐ言葉には、常にそうした自らへの問いかけが滲み出ている。思索を止めず感謝を忘れぬ才能には、強い絆を生み出す力があるのだ。(しもくす・まさや=同志社大学文学部教授・英文学・アイルランド文学)  ★みながわ・ひろこ=作家。著書に『恋紅』(直木賞)『死の泉』(吉川英治文学賞)『開かせていただき光栄です』(本格ミステリ大賞)『風配図』(紫式部文学賞)など。一九三〇年生。

書籍

書籍名 ジンタルス
ISBN13 9784309032672
ISBN10 4309032672