読書人を全部読む!
山本貴光
第44回 抵抗闘争の課題
いま私たちは1960年前半にいる。安保闘争に関する記事をもう少し見ておこう。
そもそも日米安保改定という問題は、人びとの日常生活との距離が感じられるためか、当初は反対運動も盛り上がりに欠けていたという。それが次第に大きなものになっていった様子は、「読書人」に掲載の「安保闘争小史」からも窺える。安保闘争に関わる出来事を日ごとに整理した記事で、4月から6月にかけて322、326、328号と3回を通じて、1958年10月4日の「日米安保条約改定交渉のための藤山・マッカーサー第一回会談開かる」から、6月2日の「民主主義をまもる全国学者・研究者の会」「安保批判の会、安保問題研究会」まで、時系列で掲載したものだ。
これを見ると、4月26日の項目に「安保改定阻止国民会議、全国一齊に第十五次統一行動、東京で六万五〇〇〇名の請願デモ」とあり、5月26日の第16次統一行動では「五十四万人参加、十七万の国会請願デモ行わる」とある。
こうした人数は概算であり、報告者の立場によって見積もりも違ってくるものだ。試みに権力側の記録を見てみよう。公安調査庁『安保闘争の概要』(1960)に「安保改定阻止国民運動」の各回が整理されている。右で触れた第16次統一行動のうち、5月26日の動員状況には次のような数字が並ぶ。
(イ)中央集会約七万三千名
(ロ)全国集会約十八万三千名
(デモ行進 約二十万二千名)
(ハ)生産点の実力行使 約三十五万四千名
(ストおよび時間内職場大会 約二十三万六千名)
この数字と先ほどの「安保闘争小史」に記録された数字をどのように比べたらよいかは分からないが、(ロ)と(ハ)を足してよいとすれば都合53万7千名という規模になる。同書は1960年12月の刊行で、事後の視点からまとめられたものだ。その冒頭では「一年半にわたる安保闘争は、動員数の規模においても、闘争の激しさにおいても、国際政治に及ぼした影響においても、左翼的大衆運動として戦後最大のものであった。それは良かれ悪しかれわが国の歴史に残る運動であるともいえるであろう」と総括している。
ところで、「読書人」に掲載された関連記事はどのようなトーンだったか。安保改定の問題は民主主義の「戦後最大の試煉」であり、その主導者らを倒さなければ「日本の近代史は百年前にもどる」とは竹内好(1910―1977/49/東京都立大学教授・中国文学専攻・評論家/324号)の檄。
他方で、松下圭一(1929―2015/30/法政大学助教授・政治学専攻/325号)や清水幾太郎(1907―1988/52/学習院大学教授・社会学専攻・評論家/326号)は、抵抗運動を組織する側の課題に多くの筆を割いている。清水の見立てによれば、安保闘争に向かう人びとの「エネルギー」が存在することは明らかになったものの、参加した人たちの間に分断があり、その力が十分に発揮されていない。それぞれに異なるイデオロギーや利害をもつ複数の組織が、安保改定阻止という目標に向かって適切に協力できていない状況と言おうか。具体的な状況や問題こそ違うとはいえ、これはいまだに私たちが解決できずにいる課題でもある。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)
