- ジャンル:芸術
- 著者/編者: ランバート・ザイダーヴァート
- 評者: 暮沢剛巳
公共内芸術
ランバート・ザイダーヴァート著
暮沢 剛巳
今日も各地では様々な文化催事が開催されているが、その多くは公的な助成の対象である。こうした文化催事の助成に対しては賛否両論相半ばし、容易に最適解を見出せそうにない。
本書はその難問に果敢に挑んだ意欲作だが、著者の問題意識はタイトルの「公共内芸術」という言葉に集約されている。「公共内芸術」とは「パブリック・アート」(政府によって、後援されたり、所有されたりしている芸術)「公的助成を受けた芸術」(政府機関によって、直接・間接に支援されている芸術)「公共的にアクセスが可能な芸術」(公共空間や公共的なメディアにおいて展示やパフォーマンスが行われる芸術)の総称であるという。それらは総じて助成の対象であるべきというのが本書の主張だ。
なぜ国家は芸術を助成すべきなのか。この問いに答えるべく、著者は哲学、政治学、経済学などの様々な知見を動員し、重層的な議論を展開する。紙幅の限られた書評では、大胆な要約やパラフレーズによって著者の意図を明らかにすることが望ましいのだが、残念ながら私にそんな芸当はできそうもないので、ここでは愚直に各章の論点を羅列した上で本書の核心へと迫っていく。
第一章では、「公共内芸術」をめぐる三つの対立軸、すなわち、政府による支援を支持することと、厳格な自由主義アプローチを擁護することの対立、次いで芸術表現の自由を保護することと、伝統的価値の権威を保持することの緊張関係、さらに現状に対する挑発的な異議申し立てとしての現代美術というイメージと社会を退廃させる現代美術という描像の衝突、が明らかにされる。確かに、いずれも容易には相容れない難題だ。
第二章では、なぜ政府の助成金が提供されるべきなのか、どのようにして政府の助成金は調達されるべきなのか、何が最適な支給手段なのか、もっぱら経済学の視点から芸術助成の必要性が語られる。
第三章では、政治学の視点から「公共内芸術」の必要性が論じられる。「民主主義に関わる不足」は、いくつかのキーワードの中でも特に印象深い。
第四章では、「公共内芸術」の展開の場としての「公共圏」の問題が論じられる。その議論の出発点となるのは、もちろんユルゲン・ハーバーマスの『公共性の構造転換』を措いて他にない。
第五章では、公民セクターに焦点があてられる。前章では「公共内芸術」が「場所」という視点から考察されているのに対して、本章では「人」という視点から考察されていると言えるだろうか。
第六章では、市民社会の中で芸術団体がいかにして圧力に抗し、活動を継続しているのかが、いくつかの事例の下に語られる。これは、第一章で示された対立軸の具体的なケース・スタディでもある。
第七章では、「芸術の自律性」がクローズアップされる。モダニズム芸術にとっての金科玉条でもあった「芸術の自律性」が果たして「公共内芸術」において成立するのか、著者は個人、内的自律、社会の三点から考えようとする。
第八章では、芸術の本来性と芸術の社会的責任の関係が批判的に検討される。この場合、後者は「芸術の他律性」と言い換えることが可能かもしれない。
第九章では、「公共内芸術」を是とした場合、その貢献の対象としての民主主義社会の在り方が論じられる。ここでの問いは「芸術は誰のものか」へと集約される。
第一〇章は、今までの議論がまとめられ、あらためて「公共内芸術」の助成の必要性を強調して閉じられる。多くのページを費やした議論がこの結論に十分な説得力を与えていることは言うまでもない。
本書の内容は多岐にわたるが、なかでも示唆的なのが第一章であろう。全体の導入でもあるこの章は、その後の展開の適切な要約となっていたばかりか、著者が長年研究してきたアドルノの強い影響がうかがわれる。本書がフランクフルト学派の批判理論に多くを負っていることはハーバーマスへの頻繁な言及からも明らかだが、「文化戦争」というこの章のタイトルは、まず何よりもアドルノの「文化産業」を彷彿とさせる。「公共内芸術」を擁護する著者の姿勢は、紛れもなく、画一的な商品を大量に供給して大衆の想像力を麻痺させ、芸術の発展を阻害する一方で資本主義の支配体制を強化する「文化産業」を徹底的に批判したアドルノの議論の延長線上に位置している。
本書を通読した私は、しばらく以前に公金支出を巡って喧々囂々の議論が交わされた「表現の不自由展」のことを思い出した。本書で論じられているのはもっぱら北米の事例だが、社会的・文化的な条件が異なる日本においても、その問題提起から汲むべき教訓は少なくないのではないかと思う。(篠木涼訳)(くれさわ・たけみ=東京工科大学デザイン学部教授・美術批評・美術館研究)
★ランバート・ザイダーヴァート=カナダ・トロントにあるキリスト教学術研究所名誉教授・大陸哲学・認識論・社会哲学・芸術哲学。アドルノを中心に、批判理論を専門とする哲学者であり、キリスト教改革派の体系的哲学者でもある。著書に“Adorno, Heidegger, and the Politics of Truth”など。
書籍
書籍名 | 公共内芸術 |
ISBN13 | 9784409100462 |
ISBN10 | 4409100467 |