わたしが戦場にいる
小手鞠 るい著
野上 暁
台湾有事などを理由に「強い日本」をめざして防衛力増強が進められ、戦争放棄をうたった憲法9条も改訂されそうな現在である。書名を見て、あたかも日本の明日を予言しているようで、恐るおそるページを開いた。
著者は一九九二年からアメリカに住んでいるが、アメリカにはベトナム戦争の帰還兵や、家族を戦争で亡くしたり、戦争のトラウマを抱えている人たちが身近にいっぱいいた。日本の戦争体験世代もだんだん少なくなり、戦争の記憶が薄れてかつての軍国主義国家にならないという保証はどこにもない。そこで著者は、十代の読者に向けて戦争を描いた様々な文学作品を通して、平和について考えようとこの本を記したという。
著者はこれまで、アメリカと日本に視点を置いた『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など戦争と平和をテーマにした小説をたくさん出版してきている。子ども向けの作品もたくさんあるが『ある晴れた夏の朝』では、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下についてアメリカの高校生たちに論議させながら、日本の戦争責任をも鋭く問いかけて小学館児童出版文化賞を受賞した。本書はこのような著者ならではの豊富な読書体験や知見から選び抜かれた、画期的な戦争文学のガイドブックである。
全体が三つの扉から構成され、「第一の扉」は「ある日、赤い手紙が届く」と題して召集令状にまつわる作品を紹介。最初に登場するのが吉行淳之介の短編「藺草の匂い」。召集令状が来て入営し、速足行進演習中に鼻血が出て止まらず、朦朧としながら真新しい青畳に横たわって藺草の匂いをかぐ幻影を見る。藺草の匂いと血の匂い。そこに著者は生と死の象徴を読み取る。
そこから、小松左京の「召集令状」、柴田錬三郎の「仮病記」、タイの作家の短編「徴兵の日」と続き、最後が壺井栄の『二十四の瞳』。赤紙が来て歓喜の声に送られながら次々と戦場に向かい、白い布に包まれた四角い箱の「凱旋兵士」として帰って来る。当時十代だった著者の父親も召集された二人の兄を見送り、一人は中国で戦死し、もう一人は輸送船で南方に送られる途中で爆撃死したという。
「第二の扉」は、「作家たちと戦場へ」で、最初の「中国大陸」では、やなせたかしの詩を通して、彼の戦場体験や輸送船が撃沈されて戦死した弟のことが紹介される。村上春樹の父も中国大陸で戦い、『猫を棄てる 父親について語るとき』では、小学生の頃に父親の部隊が中国兵を斬首した話を聞き、僧侶であった父の心に死ぬまで大きなしこりを残したと記す。
村山由佳の『星々の舟』所収の「名の木散る」では、中国人の少年を銃剣で突き殺した日本兵が、殺すことに麻痺していく様相が描かれる。村山は、シベリアで抑留生活を送った父の足跡を訪ね、彼の手記と聞き取りをもとにした短編「訪れ」を『ある愛の寓話』に収録しているという。
「ヴェトナムへ」では、ティム・オブライエンの『ぼくが戦場で死んだら』、開高健の『輝ける闇』などを通して泥沼の戦場の凄まじさを紹介する。「ヨーロッパへ」では著者の小説『イズミ』に描かれた第一次世界大戦時に日本から西部戦線に派遣された従軍看護婦にスポットを当てる。レマルクの『西武戦線異状なし』、ヘミングウェイ『武器よさらば』なども採り上げ、ノーベル文学賞を受賞したアレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』では、第二次世界大戦に参戦した女性兵士たちの声を紹介する。
「第三の扉」は「わたしが戦場にいる」として、満州国の戦場を舞台にした三木卓の短編小説「われらアジアの子」、少女たちの戦場を描いた田辺聖子のエッセイ集『欲しがりません勝つまでは』、軍国少女だった茨木のり子のエッセイ「はたちが敗戦」、特攻隊員の戦場を描いた阿川弘之『雲の墓標』などが紹介される。
中でも、軍部の命令で捕虜になったアメリカ兵を生きたまま解剖させられる看護婦や医学生たちを描いた遠藤周作『海と毒薬』では、人間はこんなにも残酷になれるのかと著者は恐怖を覚えたと記す。朽木祥『八月の光』、大田洋子「屍の街」、村田喜代子『新古事記』などを紹介した後に、著者が父親の体験を元にして描いた『川滝少年のスケッチブック』と河野多恵子の短編「遠い夏」の敗戦時の心境を紹介。そして最後に、「わたしたちがいかなる戦場へも行かなくても済むような社会を作っていかなくてはならない」と、茨木のり子の詩「準備する」を引用して締めくくる。
紹介引用された作品は全部で三六点。読者に語り掛けるような優しい言葉で、戦争の悲惨さや残酷さを様々な作品から引き出し、そこに自らの体験や思いを重ねて紹介する中から戦争のリアルが立ち上がってくる。YA小説でも巧みに読者の心を捉えてきた著者ならではの紹介作品への導入と引用が鮮やかで、引用された文章のそれぞれが深く心を揺さぶり、あらためて原本を読んでみたくなる魅力的な戦争文学案内である。
戦争のない平和な世界を創造することを願った著者渾身の戦争文学案内であり、十代の少年少女ばかりか広範に読まれたい一冊である。(のがみ・あきら=児童文学・文化評論家)
★こでまり・るい=作家。戦争と平和をテーマにして書いた作品として『見上げた空は青かった』『平和の女神さまへ 平和ってなんですか?』『乱れる海よ』など。一九五六年生。
書籍
| 書籍名 | わたしが戦場にいる |
| ISBN13 | 9784037220204 |
| ISBN10 | 4037220202 |
