2026/02/20号 6面

人はなぜ爬虫類を飼うのか

人はなぜ爬虫類を飼うのか 坂爪 真吾著 小菅 正夫  1950年代、私が子どもの頃のペットと言えば、犬、猫、小鳥、金魚であった。それに加えてお祭りの屋台で買うカメやオカヤドカリが加わるが、当時は冬眠のさせ方が分からず、冬を越させることができなかった。その頃は獣医さんも〝犬猫病院〟という看板を上げていた。  最近のペットショップへ行くと、齧歯類や爬虫類、両生類から無脊椎動物まで揃えている店も多く見られる。その変化につれて犬猫病院という名称も〝動物病院〟、〝アニマルクリニック〟などと変ってきて、中にはメインをエキゾチックペットとしている病院も見られる。  この社会的変化がどのように起きてきたのかを、変革時に起きた事件とそれに深く関わった人々、さらに国の対応について1960年代から60年間にわたり、具体的に記録していったのが本書である。しかも著者はその渦中にいて、これらの変革に自らの体験を通じて関わっているため、内容は実にリアルである。  著者は、5歳の時に近所で捕まえたクサガメを飼い始め、徐々に外国産の爬虫類に興味を持つようになる。15歳の彼が最初に入手した外国産の爬虫類がグリーンイグアナだった。彼が手にしたイグアナは全長20㎝ほどの幼体の2頭で、飼育環境が適切だったため、たった2ヶ月で60㎝水槽が狭くなり、押し入れを改造して飼育し、3年後には1.2mを超えるまでに成長した。しかも2頭はオスだったので、闘争も激しくなり、大学受験を控えた彼はノイローゼになりそうだったと述懐している。その後、彼は大学進学のため上京することとなり、ついにイグアナの飼育を諦め、購入店に引き取って貰った。その後イグアナは飼育して居ないそうだが、いつの日か再度挑戦してみたいそうだ。著者曰く、「爬虫類飼育は、イグアナに始まり、イグアナに終わる」と。  世界中が爬虫類のペットとしての魅力に目覚めた頃には、物珍しさも加わって物凄い数の動物が国際取引によって消費されるようになった。その結果、過度の捕獲によって地域絶滅を起こす種さえ出てきた。そのことを憂い、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」いわゆるワシントン条約が1973年に採択された。日本は1980年に批准し、希少動物の輸入が制限されることとなった。ところが、日本政府は条約加入時、タイマイなど9種類の動物を留保した。私は、人間が利用する生き物は、すべて養殖されたものでなければならないと考えていたので、留保するなら期限を決めて増殖事業を推し進めるべきだと考えていた。その後タイマイは繁殖に成功し、1994年に留保を撤回したが、未だにクジラやサメ、タツノオトシゴなどが留保の対象となっているのは残念なことだ。  動物飼育に関する国内法も整備されていった。2000年には人の生命、身体又は財産に害を加えるおそれがある動物の指定、つまり特定動物飼育に関する規制が示され、翌年には所管官庁が総務省からできたばかりの環境省へと移管されたのである。  この特定動物に、カミツキガメ科が指定されるとの情報が爬虫類愛好家の間に広まり、多くの飼育者は、飼育を継続させるかどうかの岐路に立たされた。その時、著者もワニガメとカミツキガメを飼育していた。大学進学のため上京せざるを得ない彼は、飼育を引き受けてくれる人を懸命に探したが、引き受け手は現れず、悩んだ末に2頭を自らの手で殺したそうだ。動物を飼育するということは、〝終生飼養〟が大原則なので、動物の命が尽きるまで責任を持たねばならない。つまり飼育を開始する時は、いざとなったら自らがその命を止める覚悟で始めなくてはならない。それを未だ高校生であった彼が、実行したことは、立派だと私は思う。この一点で著者をプロの飼育者と信じることができる。  カミツキガメは、ピーク時には年間数万頭も輸入・販売されていた。それが許可制になることで、おそらく多くの人が野に放ってしまったのだろう。千葉県や静岡県を始め、今では多くの地域で野生化し、生態系を根本から崩す社会問題となってしまった。爬虫類飼育者に彼のような覚悟があれば、このような事態には至らなかったと思う。  本書は、飼育に尽力した人物や社会背景について、その注釈が巻末ではなく、ページの左に載せられており実に分かりやすい。これも著者の〝何とか爬虫類を伝えたい〟という気配りの賜だと思う。爬虫類を飼育している人、これから飼育しようとしている人、関心のある人には、必読の書である。  最後に書名「人はなぜ爬虫類を飼うのか」。これは一概に定義できるものではないと思う。私も自分がなぜ動物を飼うことが好きなのかを自問してきたが、自答はできなかった。ある日、著者も愛読しているコンラート・ローレンツの『ソロモンの指輪』の中に〝動物を飼育したいという欲望は、太古から人間の心に潜む気持ちである。文化を持つようになった人間が、自然という失った楽園に対して抱く憧れなのである〟との一文を見いだし、疑問は氷解した。爬虫類もその範疇だと思うが、どうか。(こすげ・まさお=旭川市旭山動物園元園長・北海道大学客員教授)  ★さかつめ・しんご=NPO法人風テラス理事長。著書に『性風俗のいびつな現場』『男子の貞操』『はじめての不倫学』『見えない買春の現場』『セックスと障害者』など。一九八一年生。

書籍

書籍名 人はなぜ爬虫類を飼うのか
ISBN13 9784334108205
ISBN10 4334108202