2026/06/26号 4面

近代日本メディア議員 人名辞典・付総索引

近代日本メディア議員 人名辞典・付総索引 河崎 吉紀著 武田 徹  近代日本の最初期の新聞のひとつ、『郵便報知新聞』を国立国会図書館で見せてもらったことがある。紙面に載っていた犬養毅執筆の西南戦争の記事が確認できた。後に総理大臣となり、515事件で暗殺される犬養が、新聞記者出身だとは知っていたが、紙魚に食われて穴がポツポツと空いた紙面に載った現物の記事を目の当たりにし、多少の感慨を禁じ得なかった。  明治の国会開設から一世紀の間に活躍したメディアとの関わり持つ政治家904名を網羅した人名辞典である本書を紐解いてみれば、もちろん犬養は立項されている。『郵便報知新聞』だけではなく、『東海経済新報』や『交詢雑誌』等の創刊に関わり、『秋田日報』の主筆に迎えられたこともあるらしい。一方、統計院の書記官を経て改進党に入党、1890年には岡山県から衆議院議員に当選しているが、その後も尾崎行雄らと新聞『民報』を創刊するなど政治とメディアの活動は渾然一体として同時進行している印象だ。メディアの主な役割が権力監視である以上、メディア関係者が政治に近づき過ぎるのは望ましくないと考える最近のジャーナリズムの世界で支配的な価値観――実際には様々に破綻しているが――は、当時は希薄だったようだ。  こうして頁を手繰ってゆくだけで新知見が得られる本書は、近代日本のメディアと政治に関心を持つ人にとって実に利用価値が高い。しかし本書は独立した辞典である一方でアカデミズム(研究)とジャーナリズム(出版)を横断した壮大なプロジェクトの掉尾を飾る一冊でもある。  2018年に著者と佐藤卓己の共編著『近代日本のメディア議員』が創元社から刊行され、その後、サントリー学芸賞を受賞した松永智子『米原昶の革命――不実な政治か貞淑なメディアか』や著者自身の執筆した『関和知の出世――正論記者からメディア議員へ』を含む『近大日本メディア議員列伝』14巻の刊行が続いた。そのシリーズ最終の15巻目が本書であり、著者は辞典形式で研究プロジェクト全体のクローザーの役割を果たしている。  ちなみに「メディア議員」の議会進出がピークを迎えたのは1937年の第206回総選挙で、衆議院で彼らが占める割合は34・1%にも達していたという。その後、日本は戦争の泥沼に引きずり込まれてゆくが、それはメディア議員が多かった「にもかかわらず」起きたことだったのか。著者代表の佐藤卓己は、メディア経験を積んだ政治家が何らかの価値や理念の実現をめざす「政治の論理」よりも、読者数あるいは影響力の最大化をはかる「メディアの論理」で動きがちなことへの注意を喚起していた。そして「それゆえに」彼らメディア議員たちは大衆の好戦的気分や外憂内患の心情を汲み、それを共振、増幅させて日本を第二次大戦への道へとなだれ込ませたのではないか、と。  こうして提示された仮説は研究プロジェクト全体を貫く通奏低音となる。選挙法改正で79人の女性立候補者があった46年の第22回衆議院選挙以後、90年の第39回総選挙までに議席を得た女性衆議院議員84名を分析した石田あゆうは、自らが話題の人となって政界進出を果たし、メディアを通じた影響力を政治家としての活動の源泉とする「自己メディア化」なる概念を呈示している(前掲『近代日本―』所収)。この概念は現代の政治状況を語る上でも有効だろう。たとえば派閥や支持母体を持たずに圧倒的得票率を得た小泉純一郎はまさに自己メディア化、自己キャラクター化を極めた政治家であった。  そして戦後の女性国会議員の歴史はついに総理総裁を生み出すまでに至った。初の女性総裁はマスメディアではなく、ソーシャルメディアを自己メディア化の舞台とすることで圧倒的支持率を獲得したという点でも史上初だが、「理念政策よりも影響力を重視する」「メディアの論理」を貫いたメディア政治家の事例であれば過去から数多くある。本書で人名を検索し、項目を確認し、必要に応じて各列伝や『近代日本のメディア議員』を読み進める。そうして歴史の重みを加えることが、空気で動く昨今の政治状況の軽薄軽率さに抗うことになるだろう。(たけだ・とおる=ノンフィクション作家・専修大学教授)  ★かわさき・よしのり=同志社大学教授・メディア学。著書に『制度化される新聞記者』など。

書籍

書籍名 近代日本メディア議員 人名辞典・付総索引
ISBN13 9784422301150
ISBN10 4422301152