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第3回 国際文化会館ジャーナリズム大賞表彰式レポート
7月17日(金)、六本木にある国際文化会館岩崎小彌太記念ホールにて、第3回国際文化会館ジャーナリズム大賞表彰式が執り行われた。主催は公益財団法人国際文化会館。大賞を受賞したのは、朝日新聞社「連載 帝国の幻影 壊れゆく世界秩序」と熊本日日新聞社「年間企画 TSMCインパクト」だった。
オピニオン賞には益尾知佐子・毛利亜樹・弓野正宏・土屋貴裕「中国が東シナ海に漁船2000隻を動員して470kmのU字線を形成していた!技術と動員体制の確立で進む軍民融合、春から海上民兵の活動が常態化か」が、特別賞には小泉耕平・山口なつ香「パリパラリンピック選手へのパワハラと不適切会計」と朝日新聞社東京本社専任記者藤田直央「日米安保密約に関する公文書に基づく新事実と今日的意義の報道」が選ばれた。
表彰式の模様と、大賞2団体へのインタビューを掲載する。(編集部)
2024年に創設された国際文化会館ジャーナリズム大賞は、綿密な取材やデータから、日本と世界との関わりの中で生じる新たな可能性と課題に光を当てた報道を表彰するもの。また、相互理解と共存・共生のあり方について感動と洞察を与える報道を顕彰し、日本のジャーナリズムのさらなる発展を目指す。選考委員には林香里委員長のほか、関美和氏、筒井清輝氏、堂前宣夫氏、山脇岳志氏、船橋洋一氏が名を連ねる。3回目を数える今回は85作品の応募があった。大賞には賞金150万円が、オピニオン賞には50万円、特別賞にはそれぞれ30万円が贈られた。
選考委員長で東京大学大学院教授の林香里氏は次のように語った。
「最近私は、「プロヴェナンスprovenance」という言葉に注目しています。日本語では「来歴」と訳されるこの言葉は、もともと美術品や文化財に対して使われるもので、作品がどこからきてどのような経緯を辿ってきたのかを意味します。作品の価値や真正性を支えるだけでなく、不当な取得の有無を検証するためにも重視されてきました。ディープフェイクや捏造が蔓延りかねないAI時代にとりわけ重要な、情報へのプロヴェナンスを保証してきたのが、ジャーナリズムではないでしょうか。長いプロセスと努力によって信頼できる知識を育てた、受賞作の地道なお仕事に心から敬意を表します」。
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大賞に輝いた朝日新聞社「連載 帝国の幻影 壊れゆく世界秩序」からは、国際報道部次長の伊東和貴氏がスピーチした。
2025年に開始したこの連載は、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルによるパレスチナ自治区への攻撃を強く意識して立ち上がった企画である。「着目したのは、「帝国」と「勢力圏」という二つのキーワードです。世界は大国が力を振りかざし、自らの勢力圏を確定する帝国主義的な時代へと戻ろうとしているのではないか。そして他ならぬ大国自身の手によって、ルールに基づく戦後の世界秩序が壊されつつあるのではないか。これが連載を貫く問題意識でした。第一章ではアメリカ・トランプ政権を取り上げ、第二章ではプーチン政権のロシア、第三章はイスラエル、第四章はアジア覇権を強める中国、第五章は大国の狭間で抗うグローバルサウスに迫りました」。
取材班は、現場を「虫の目」でリポートしつつ、「鳥の目」でその意味を考えることを大切にしてきたという。「例えば第二章では、ロシアの青少年軍事キャンプに密着しながら、ウクライナ侵攻の陰で加速する愛国教育の実態に迫りました。他方、国内外20人以上の有識者にもインタビューを行いました。パレスチナ自治区ガザの人権活動家ラジ・スラーニさんは、〝ガザでの戦争が国際法の墓場となることを許せば、誰もが弱肉強食の法則が支配する世界を生きる代償を支払うことになる〟と警告します。これらの言葉の数々が、世界で起きていることを日本の読者が考えるうえで、重要な補助線になるのではないかと思っております」。
なお、本連載「帝国の幻影」は、書き下ろしを新たに加えて今年10月に朝日新聞出版から書籍として刊行予定。
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同じく大賞を受賞した、熊本日日新聞社「年間企画 TSMCインパクト」からは、東京支社編集部長の潮崎知博氏が壇上に立った。
半導体生産の世界最大手企業である台湾のTSMCが、日本国内最初の工場建設地に熊本を選んだのは2021年秋のこと。2024年に稼働を開始した第一工場、現在建設中の第二工場、両工場への資金投入は既に3兆円を超え、日本政府はそのうち1兆円超を補助している。「TSMCという耳慣れぬ響きの企業が進出する、その影響の大きさを県民の皆様に伝えるべく、2025年の元旦から年間企画をスタートさせました」。
熊本空港にほど近い菊陽町をはじめとして、TSMC進出先の一帯は活況に沸いている。他方で様々な課題も横たわっているという。「第一部「強い光、影も濃く」では、住民の皆さんの声を拾い集めて書きました。飲食店の客足が伸び、地価が高騰する一方で、交通渋滞や農地保全、地場産業の人手不足が課題となっています」。
「第二部では、かつて「シリコンアイランド」と呼ばれた九州の自治体の動きを追い、第三部では、熊本の誇る地下水脈に対し、TSMCの工業排水が及ぼし得る影響について検討します。水俣病という悲惨な公害事件を長年にわたり報じてきた熊本日日新聞の記者は、この視点を忘れてはならないと肝に銘じております」。第四部では、台湾をはじめとする地域から移住してきた外国人との共生、第五部~七部では教育・文化・スポーツの交流、第八部では地域間格差を詳報する。
潮崎氏は「今回の受賞を大きな励みとして、新聞社一丸となって、住民と共に地域課題と向き合い続けていこうと思っております」とスピーチを締めくくった。
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特別賞一組目はフリージャーナリスト小泉耕平氏・山口なつ香氏による「パリパラリンピック選手へのパワハラと不適切会計」。ウェブメディアのスローニュースに掲載された。小泉氏はスピーチで、「オリンピックやパラリンピックといった華々しい行事の時だけ競技に注目し、メダルの色や数といったことばかりが報じられますが、競技団体の健全な運営や選手たちの人権尊重にはほとんど無関心になっているのではないでしょうか」と警鐘を鳴らした。
二組目の「日米安保密約に関する公文書に基づく新事実と今日的意義の報道」は、朝日新聞東京本社専任記者公文書担当の藤田直央氏の手による。藤田氏は「アメリカの国立公文書館で新たに開示された文書を読むと、そのことごとくに、岸信介首相(安保条約改定当時)の深い関与と、〝政権維持のために密約を選択せねばならない〟というジレンマの意識とが生々しく書かれていました」と語った。
オピニオン賞を受賞した九州大学大学院教授・益尾知佐子氏らの報道は、漁民を海上民兵として組織指揮する中国の軍民融合体制の実態と常態化リスクを実証した。掲載は東洋経済オンライン。益尾氏は、「習近平総書記はとても有能な人物です。10年以上の時間をかけて、軍民融合体制を一歩一歩整えてきました。しかし日本は、戦後80年の長い平和に甘え、国家としてほとんど何も分析していません」と危機感を露わにした。また取材者に対し、「防衛費増強よりはるかに安価に効果が出せるはずの分析というものをやっていないのです」とも述べた。
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今回受賞作品の掲載ページは、左のQRコードからリンクをたどって閲覧できる。第4回国際文化会館ジャーナリズム大賞は、2027年1月下旬から4月下旬にかけて作品募集が行われる。
(レポートおわり)
◆7月28日に発生した熊本地震の被災者の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。義援金はこちらの熊本県HPからお寄せください。
●朝日新聞社 伊藤和貴氏
――この連載を立ち上げた経緯をお聞かせください。
伊東 戦後80年を翌年に控えた2024年、節目の年に向けて国際報道部として連載を始めるべく、中心メンバー4人で議論を行いました。その中で「帝国」と「勢力圏」というキーワードが浮かび上がりました。個別の取材対象はトップダウンで決めたわけではありません。記者たちと何度も話し合いを重ね、興味深い現場や識者の存在を知り、取材を進めました。デザイナーと連携し、図版で世界を可視化することも重要でした。膝を詰めた議論の繰り返しで連載が形作られていきました。
実は、企画立案当時はまだ、世界情勢を「帝国の再来」として理解する言説は必ずしも主流ではありませんでした。その意味で、図らずもタイムリーな連載になったと思います。しかし、かつてと同じ意味での帝国はもはや再び現れることはないと考えています。前世紀までの帝国は、自らの勢力圏に公共財を提供するなど、ある種の〝正しさ〟も兼ね備えていました。しかし現代の大国は、強烈な被害者意識に取りつかれ、自らの利益しか考えていません。だからこそ帝国は「幻影」なのです。
――アメリカ右派や、ロシアや中国の政府側の主張など、リベラルの立場からは批判されるような体制の価値観にもアプローチしています。
伊東 ロシアの場合、「被害者意識」を煽るモスクワの展示や国定教科書などがプーチン大統領の主張に沿うものになっています。そこから彼らの価値観に接近しました。また、冷戦後に欧米社会と接触したロシア人には、西側の一員になれることを期待しながら、しかし敗者として馬鹿にされてきたと感じる人もいます。そんな中、混乱した社会と経済を立て直して多くの支持を集めたのがプーチンです。彼らが抱える被害者意識には、共感できるかは別としても、今の世界を理解する上で、はっとさせられるものがあります。
中国が描く秩序観を語れる当事者としては、清華大学の周波氏に取材しました。中国は東南アジアを含む各地への影響力を強めています。それも外交や安全保障だけでなく、経済的な力を用いています。グローバルサウスの視点も絡めて、中国の視点と戦略に迫りました。
そのように問題状況を多角的に捉えたうえで、欠かさずに記事に盛り込んだのが「それを受けて日本はどうする」と問いかける視点です。例えば、人権活動家ラジ・スラーニさんの言葉は、弱肉強食の世界を回避するために日本に何ができるかと訴えかけるものでもあります。「虫の目」と「鳥の目」に加え、こうした意味でも、世界的な出来事を読者の生活と地続きのものとして提示することができたと思います。
――これからどんな報道をしていきたいと考えていますか。
伊東 国際報道の多くは、各地に駐在している記者がその地域で起きている事象について取材やルポを積み重ねることで成立します。しかし、そうした個別の記事だけではなく、各地で起きていることを専門家の知見もまじえながら有機的に連関させ、大きな見取り図を描くことも重要な仕事だということを、改めて実感しました。
今回の企画では、おもにアメリカ・ロシア・イスラエルとパレスチナ・中国・グローバルサウス・国連の六領域から世界秩序の実相へとアプローチしました。時代を動かす大きなニュースの背景にあるものを剔出するのは骨の折れる作業ではありますが、各地に取材網を持つ組織ジャーナリズムの力を生かして活動していきたいですね。
●熊本日日新聞社 立石真一氏
――TSMC進出の影響はどのような局面に表れていますか。
立石 地価の高騰や飲食店の賑わい、地下水や地場産業への影響の不安、あるいは文化的交流など多岐にわたります。また、TSMC進出が大きなフックとなって、これまでは金融業が中心となっていた経済取材の軸足が、製造業にも移ってきています。元々熊本では、国内の半導体関連の大企業が集まってセミコンテクノパークという集積地を形成していたのですが、これまではあまり注目して取材できておらず、もっぱら地場の製造業への取材が中心でした。しかし、TSMCやその子会社のJASMの進出によって、大企業も意識的に取材するようになりました。
企画は、超大企業の進出による熊本地域の大変化を、編集局横断で捉えるコンセプトで始まりました。熊本という地方都市では、小中学校に台湾から転校生が来たり、スポーツや文化活動で外国籍の方と交わったりして、急激な異文化交流が生じることの影響も大きいです。県民の関心は高いものでした。
――TSMC進出は黒船来航に喩えられています。日本の開国と同様、功罪両面があると思いますが、どのような意識をもって取材を進めましたか?
立石 初めはやはり批判的な視点を持って始まりました。ポジティブな話は黙っていても出てきますから。台湾は友好地域ですが、得体のしれない海外の企業が進出してくるということで、県民の皆さんは、漠然とした期待と不安を抱えています。その両方に応えていこうという意識がありました。
――連載終了から約半年、「漠然とした期待と不安」は形になってきましたか?
立石 まだその真っ只中ですね。第一工場が量産を開始したのが一昨年、第二工場が着工したのが昨年10月です。インパクトに関する解像度がだんだん高まってきているところですが、本当の衝撃が来るのはこれからだと思います。
例えば、TSMCの本拠地台湾では、単独の工場ではなくて、サイエンスパークという形で工場群が形成されています。翻って熊本でも、三井不動産がサイエンスパーク形成に動き始めていますし、熊本県立大学は来年度に半導体学部を開設します。変化は加速度的に進行しています。
もちろん、変化を求めていない方もいらっしゃいます。地価の高騰と固定資産税や賃料の上昇、地下水や交通渋滞への影響があり、それらを歓迎しない方もいます。しかし、変化がもう避けられないということだけは皆さんわかってきている。だから、より良く変化するために、変化の中で困る人が出てきたらそこにスポットライトを当てるべきです。
実は熊本は、生活用水を地下水で賄っている地域なんです。また、サントリーや複数の半導体関連企業が立地し、たくさんの地下水を使用しています。TSMCだけが地下水などの環境に配慮すべきだというわけではなく、国内企業や生活者も含めて考えていくべき問題だと思います。
――今後の取材の抱負をお聞かせください。
大局的な視点を持ちつつ、生活者目線は絶対に欠かさずに取材していきたいですね。熊本は高度経済成長期に水俣病という大公害を引き起こした地域です。環境被害が身近だからこそ、不安は大きいです。投資促進や全国ワーストとも言われる渋滞も気がかりです。こうした不安に対して、それを煽るのではなく、きちんとした取材に基づいて応えていこうと思います。
