2026/06/26号 6面

「読書人を全部読む!」35(山本貴光)

読書人を全部読む! 山本貴光 第35回 日米安保条約改定の足音  1959年といえば、日米安全保障条約改定の前夜である。「読書人」の紙面もこの一連の動向と無縁ではない。  その前に、関連する主な出来事をおさらいしておくと、まず1951年9月8日にサンフランシスコ講和会議で各国との対日平和条約とあわせて「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(日米安全保障条約/日米安保)が調印された。発効は翌年4月28日。  条文は前文と5条からなる。その後さまざまな議論と問題を引き起こすことになる条約の一部を覗いてみよう。前文はこんなふうに書き起こされている。  「日本国は、本日連合国との平和条約に署名した。日本国は、武装を解除されているので、平和条約の効力発生の時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。  無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されていないので、前記の状態にある日本国には危険がある。よつて、日本国は平和条約が日本国とアメリカ合衆国の間に効力を生ずるのと同時に効力を生ずべきアメリカ合衆国との安全保障条約を希望する。  (略)  これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。」  これを受ける形で、米国は日本への米軍駐留の意思があるという文章が続く。5条には、米軍の日本駐留の権利、第三国との関係、駐日米軍配備の各種条件を行政協定で決めること、本条約失効と発効の条件が記されている。  この条約に対しては当時から多くの反対や批判もあったという。1951年10月26日の衆議院での日米安保条約の批准についての投票は、賛成289票、反対71票、欠席106という結果。  その後、在日米軍基地に関わる問題をはじめ、さまざまな出来事や反対運動も起きるのだが、いまは1950年代後半に飛ぶ。1957年に成立した岸内閣の下で日米安保条約の検討が始まる。1959年2月に安保改定の試案が発表され、3月には社会党、日本労働組合総評議会(総評)、原水爆禁止日本協議会(原水協)などが日米安保条約改定阻止国民会議を結成、反対集会やデモが挙行される。  さて、なんとか「読書人」に話を戻せば、そんな状況にある1959年7月6日の第282号2面に「「安保改定」の脈絡 賛成論と反対論の争点は何か」という大きめの記事が出ている。執筆は寺沢一(1925―2003/34/東京大学助教授・国際法専攻)。見出しの通り、安保改定について何が争われているのかを整理した記事だ。国民は不平等な安保条約の改定は望むが、自衛隊の増強と日米による共同防衛という方向への改定となると話は別。改定案では、有事に米軍の「共犯者」になるリスクがあり、憲法から後退することにもなると、寺沢自身は批判的な立場を表明している。  記事には「安保改定阻止全国統一行動中央大会場(6月25日・日比谷公園野外音楽堂で)」とのキャプションのついた写真も配されており、壇上で演説する人と会場を埋め尽くす人と旗を眺めるうちに、いま自分が書評紙を読んでいるということを忘れるのだった。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)