2026/04/03号 8面

金子堅太郎

著者から読者へ=『金子堅太郎』(浦辺登)
著者から読者へ 金子堅太郎 浦辺 登   昨夏、居島一平さん(お笑い芸人、司会者)と対談する機会があった。その際、居島さんが知りたいことがあるという。それが、政界のフィクサー、黒幕、ホラ丸と幾つもの異称を持つ杉山茂丸(一八六四~一九三五、元治元~昭和一〇)についてだった。杉山茂丸は一介の浪人でありながら政官財の重鎮相手に根回しや交渉を進めた。このことは、茂丸が書き残した著作、写真などでわかる。しかし、なぜ、杉山茂丸にそんなことができるのか、背後関係がわからない。ゆえに、政治ゴロ、ブローカーなどと呼ぶ人もいる。  この謎めいた杉山茂丸について知りたいという居島さんの要望に応えて、「夢野久作と杉山3代研究会」の会報誌コピーを持参した。それは第3号に掲載された「金子堅太郎講述『杉山茂丸を語る』」の箇所だった。これを読めば杉山茂丸の背後に金子堅太郎がいて、両者が立場、役回りを意識し政官財の重鎮を手玉にとっていたことがわかる。両者には日本の近代化という共通目標があった。  金子堅太郎(一八五三~一九四二、嘉永六~昭和一七)は、旧福岡藩士族だが、農商務大臣、司法大臣を歴任し、伯爵にまで上り詰めた。公私を含め膨大な資料を基に大部の評伝が刊行されているはずだが、無い。大正一二年(一九二三)の関東大震災で多くの資料が灰塵に帰していたのだ。これでは、研究者も手が出せない。金子の出身地である福岡県においても、日露戦争でアメリカのルーズベルト大統領と日本支持の交渉を行なったという箇所だけがクローズアップされる。全体の人物像は見えない。  そんなとき、福岡市立総合図書館で金子堅太郎が晩年に書き進めていたと思われる「自叙伝」を目にした。日本大学法学部の紀要抜き刷りだった。自叙伝だけに、金子の記憶違いなども散見される。しかし、ほぼ事実に沿っている。金子は出版も視野に「自叙伝」を書き進めていたのではと想像する。  先述の「夢野久作と杉山3代研究会」会報誌に、私は「杉山茂丸過去帳について」の一文を寄稿した。会報誌巻末には交遊録として一六二名の氏名、略歴を載せている。この交遊録から金子、杉山の交際相手が重複し、杉山と金子の協力関係が垣間見える。いわば「表の金子、裏の杉山」としてである。自然に、金子は玄洋社の面々とも密接に繫がっていた。この関係から近代史の穴というべき事実が浮上し、既存の史実の深掘りに繫がる。まだまだ、新たな発見があると確信している。(うらべ・のぼる=日本近現代史研究者)

書籍

書籍名 金子堅太郎
ISBN13 9784863293212
ISBN10 4863293216