中央公論新社の文庫
明治のナイチンゲール 大関和物語
田中 ひかる著
田中 ひかる
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「風、薫る」の原案となった『明治のナイチンゲール 大関和物語』は、日本で最初に看護婦(現在の看護師)となった女性たちの群像劇です。
当初は大関和1人の人生を描こうと思っていたのですが、和について調べているうちに、看護婦養成所の同期生として出会い、紆余曲折の看護婦人生をともに歩んだ鈴木雅の存在感が次第に増していきました。和も雅も互いの存在なくしては、これほどドラマチックな人生を送ることはなかったに違いないと確信した私は、2人の人生を主軸に物語を書くことにしました。
朝ドラ「風、薫る」も、2人の看護婦によるバディものとして描かれていますが、本書はあくまで「原案」。ドラマはオリジナルストーリーです。本書を読んでいただいてもネタバレにはなりませんので、ご安心ください。
和と雅について調べていくと、芋づる式に次々と魅力的な人物が現れてきました。たとえば、一般的には「鹿鳴館の華」として知られている大山捨松。彼女は明治のごく初期に岩倉遣外使節団の女子留学生の1人としてアメリカへ赴き、11年間を過ごし、最後に現地の看護学校で学んでいます。つまり、日本で最初の看護師は大山捨松なのです。帰国後、捨松は鹿鳴館でバザーを開いて多額の寄付金を集め、これをもとに日本初の看護学校が設立されました。
また、キリスト教婦人矯風会の会長として知られている矢嶋楫子は、和や雅が学んだ桜井女学校(現在の女子学院)附属看護婦養成所の校長を務めていました。酒乱の夫に苦しめられた楫子の過去を知ると、彼女が看護婦の職業化に意欲を注いだ理由がわかります。
そして、芋づる式に出会った人物の中でも、特に私が惹かれたのが、「広瀬梅」です。梅のことは、本書執筆のための史料を渉猟しているときに初めて知りました。和や雅とともに看護婦養成所で学んだ梅は、2人に勝るとも劣らない波乱万丈な人生を送ります。長らく歴史に埋もれていた梅のことを私は、「令和に甦った岡山の偉人」と呼んでいます。2026年12月には、本書を原案に、梅を主人公としたミュージカル「拝啓ナイチンゲール様」が岡山、東京、水戸で上演されます。
本書には、大関和と関わりのあった著名な男性たちも多数登場します。日本初のクリームパンを発売し「新宿中村屋」を創業した相馬愛蔵、牧師の植村正久、社会運動家の木下尚江、政治家の後藤象二郎、後藤新平などなど。いずれも、少なからず大関和の影響を受けています。
なお、本書の3年前に刊行した『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』は、明治の初期、まだ女性が医師になることができなかった時代に、医師を目指した女性たちの群像劇となっています。
あらためて、歴史とは人と人とが出会い、織りなすものだと感じます。読者の皆様にもぜひ、彼女たちの痛快な生き方をとおし、明治というそう遠くない時代の息吹を感じていただきたいです。(たなか・ひかる=歴史社会学者)
フーコーの振り子 上・中・下
ウンベルト・エーコ著
中公文庫ではウンベルト・エーコ氏の没後一〇年を記念し、『フーコーの振り子』を刊行しました。エーコ氏は亡くなる前に「今後一〇年間は自分に関する学会を開催しないように」という遺言を残したそうです。封印が解かれたかのように今年の命日には、世界各地から寄せられたメッセージが二四時間かけて地球一周するようにYouTubeで配信されました。いま、エーコ氏の作品を再評価する機運が高まっています。
『フーコーの振り子』は、テンプル騎士団の陰謀をめぐる文書に関わったミラノの編集者たちが、数世紀にわたり囁かれてきた陰謀論に巻き込まれるミステリアスな物語。カバラ、錬金術など古今東西のオカルトの知識や伝承を網羅し、著者の博覧強記ぶりが遺憾なく発揮されています。空虚を埋めようとして虚構に吞み込まれていく人間の悲哀も描かれた傑作小説。壮大な物語世界をお楽しみください。(藤村昌昭訳)(既刊・㊤1650円、㊥1760円、㊦1870円・中央公論新社)
書籍
| 書籍名 | 明治のナイチンゲール 大関和物語 |
| ISBN13 | 9784122077089 |
| ISBN10 | 4122077087 |
