2025/10/03号 7面

American Picture Book Review 101

American Picture Book Review 101 堂本かおる タイトルの『Precious(プレシャス)』は貴重な、大切な、愛しいといった意味を持つ英単語で、時には女性の名前ともなる。本作にはスペイン語の名歌『Preciosa(プレシオサ)』が登場し、タイトルはその英訳としての『Precious』となっている。 少年ペドリトはカリブ海にある島、米領プエルトリコに住んでいる。昔のスペインによる統治が理由で、島ではスペイン語が使われている。島民は先住民のタイノ族、統治者だったスペイン人、アフリカから奴隷として連れてこられた人々が混血し、外観はさまざま。ペドリトの一家もお父さんと兄フアンは黒髪、お母さんの髪は赤っぽく、ペドリトはお母さん似。一家はよく皆でギターを弾き、歌を歌っていたけれど、お父さんがアメリカ本土に仕事を見つけて島を後にしてからはその機会もなくなり、ペドリトはさみしい思いをしていた。 そんなある日、島に巨大なハリケーンがやってきた。激しい風雨の音にペドリトは大きなオオカミに襲われる夢を見た。翌朝、ハリケーン一過の町は破壊され尽くしていた。その様子に息を呑んだペドリトだが、ガレキの中から小さな犬を見つけ、家に連れ帰る。お父さんがいなくて寂しく、ハリケーンが恐ろしく、今は水も電気も不通になっているけれど、犬と一緒にいれば心が落ち着いた。ところが犬の飼い主が見つかり、ペドリトはルナという名の犬を手放さなければならなかった。涙ぐむペドリトだが、その夜、お母さんに励まされ、兄のギターに合わせて『Preciosa』を歌う。プエルトリコをプレシオサという名の女性に見立て、その美しさを讃える、誰もが知る名曲だ。ペドリトの歌はハリケーンで傷付いた人々の心を癒した。 それから数ヶ月。お父さんから家族全員を本土に迎える準備が整ったと知らせが入る。荷造り中のペドリトを、ルナの飼い主が訪れる。ルナが子犬を産み、一頭をペドリトに贈りに来たのだった。ペドリトは子犬をプレシオサと名付け、本土に連れて行く。空港に出迎えに来ていたお父さんに駆け寄るペドリト。そして今、一家は新しいアパートの一室でギターを弾き、歌っている。プレシオサもそこにいる。窓の外は雪。島に雪は降らない。慣れない寒さだけれど、家族が揃っていれば家の中はいつも暖かい。 プエルトリコは2017年に超巨大なハリケーン・マリアに襲われ、全島が壊滅状態となった。米国政府からの支援が十分でなく、復旧は困難を極めた。今夏、プエルトリコ出身のラテン音楽界のスーパースター、バッドバニーは島で30回のコンサートを開き、米国本土や他国からの観客を呼び寄せて島に多大な経済貢献を行った。かつ秋から始まる世界ツアーでは米国公演をカット。理由はICE(移民/関税執行局)が会場にやってくるラティーノ・ファンを非正規移民として拘束する事態を防ぐためだ。アメリカとラティーノの関係は今、非常に複雑なものとなっている。(どうもと・かおる=NY在住ライター)