若林 踏インタビュー
<国内ミステリの〝見取り図〟づくり>
『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』(実業之日本社)刊行を機に
書評家の若林踏さんが『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』(実業之日本社)を上梓した。2000年から25年間の国内ミステリの流れを振り返る本書の刊行を機に、若林さんにお話を伺った。(編集部)
――『日本ミステリ新世紀MAP』は、若林さん初の長編ミステリ評論です。前著2冊は作家へのインタビューを通し、ミステリの最前線を探っていく書籍でしたが、執筆において違いなどは感じましたか。
若林 違いを痛感したところと、本質的には変わっていないと思ったところの半々があります。前著の『新世代ミステリ作家探訪』はトークイベントがベースなので、僕とゲストの作家が意見交換をしながら、インサイトが変わっていく過程が書かれている。評論的な側面もあるとはいえ、主体は作家の声になります。対して今作は社会的な出来事や出版界の動向含め、いろんな見方のある事象について、最初から最後まで自分の意見を示している。その点はまったく違うと感じました。
一方で、どちらの書籍も「ライター仕事である」と僕は考えています。本書は概論+作家論の構成になっていて、情報の取捨選択や切り口、繫げ方などには、ライター的な技量を活かしている。少なくとも、僕自身の本質的なところは全3冊通してあまり変わっていない気がしています。
――本書は、「2000年から25年までの日本ミステリ小説の流れを鳥瞰出来る」評論です。この四半世紀の間の日本ミステリの流れが、社会との繫がりを通して浮かび上がってくる。着想のきっかけをお尋ねします。
若林 今回、一番取り組みたかったのは、2000年代以降のミステリにおけるサブジャンルの整理でした。警察小説、イヤミス、日常の謎、キャラクターミステリなど、2000年代以降の日本ミステリは、とにかくサブジャンル化が進んだ。第1章で論じましたが、90年代に日本でミステリが大きなブームを迎え、商業的に拡大した影響を受けてのことです。よく言えばミステリの幅が広がったということですが、逆にジャンルの輪郭がぼやけたとも言えます。
サブジャンル自体は重要なムーブメントです。ただ、各ジャンルの定義が曖昧だったり整理されなかったがために、2000年以降の作品はミステリ史の流れの中に位置づけることが難しくなってしまった。特に警察小説やイヤミスはサブジャンルの名称が本を売るためのラベルに留まってしまい、本来の面白さが逆に見失われている例も少なくありません。そういう状況に感じていたモヤモヤを整理したくて、本書の企画を立てました。
――「サブジャンルの整理」と合わせ、「ラベリングの功罪」を考えることも本書の重要なテーマです。この2つの柱は最初から決まっていたのでしょうか。
若林 サブジャンルを整理し、見取り図を作るという意識は一貫していたけれど、具体的な方向性が決まったのは2025年の春頃です。最初に企画を考えた時は、まったく違う書き方を想定していました。
僕は2024年から、小学館の文芸サイト「小説丸」で、インタビュー+評論を組み合わせた「ミステリの住人」という、作家論の方からサブジャンルの掘り下げを目指した連載をしています。これを続ける中で、もう少し評論側からサブジャンルにアプローチしたいと考えるようになり、本書の原型を思いついたんです。
ところが、サブジャンルの分類が僕の中でも整理しきれておらず、あまり筆が進まなかった。そこで担当編集さんたちと相談し、直球でサブジャンルを論じるのではなく、四半世紀の各時代の特徴や出来事を振り返りながら、現代ミステリを考察する形はどうかという話になりました。参考文献で挙げている斎藤美奈子『日本の同時代小説』は純文学をメインに、社会の変遷とともに現代文学の潮流を整理した優れた新書です。ミステリ評論でも同じようなことができないかと考え、本書の方針が決まりました。
――ミステリ書評家としての若林さんの軸には、「背景を見通しよくすること」があると思っています。
若林 そうですね。僕は付き合いのある編集者から、「推しの力が強い書評家」、もしくは「熱があるよね」と何度か言われたことがあります。悪い意味ではないともちろん分かった上で、僕としてはそれが意外だった。というのも、僕自身はむしろ熱を抑えて書評しているつもりだからです。
書評は、第一に良い作品をおすすめするもので、推す熱量がゼロとは言いません。でも、僕は「ここが好き!」という感情からは一歩引き、その作品が文芸全体の流れの中で、どこに位置づけられるのかを意識している。そのように書かないと、他にもたくさんの作品がある中でなぜこの小説を推しているのか、読者も納得してくれないと考えているからです。
また、仮に僕が書評した作品が読者にとって合わなかったとしても、同じ作者の別の作品は好みの可能性もありますよね。その時、各作品がどういうポジションにあるのか見取り図があれば、自分の好みを発見しやすくなるかもしれない。特に本作は、その意識が前面に出ていると思います。
――本書は5年ごと区切りの全5章立て、各章は概論+作家論で構成されています。
若林 社会との関連から国内ミステリの25年の流れを描き切ることで見えてくるものがあるのではないか。それを確認するには、ジャンルではなく時系列に沿って書くべきだと最初から考えていました。ガイドブックであればジャンル別の方が向いていることもあるけれど、本書はその形でない方が分かりやすいだろう、と。5年区切りの概論では、文芸界に限らず社会的なトピックを押さえていて、たとえば第3章では東日本大震災を受けて、第4章以降はコロナ禍を通し、国内ミステリはどういう変遷を辿ったのかを見ていきました。
作家論では、該当期間に単行本デビューした作家を取り上げています。国内ミステリのムーブメントで大きな役割を果たした書き手だと僕が思う31人を紹介している。時系列順に配置することで、その作家の歩みが社会の変化とともに浮かび上がってくる構成を目指しました。
――取り上げる作家や作品は悩まれたのではないでしょうか。
若林 それが、ほとんど悩まなかったんです。先ほど述べた通り、ピックアップする基準として考えていたのは、25年間の日本ミステリの潮流で、特に大きな役割を果たした作家です。基準が明確だったので、人選にはあまり迷わなかった。紹介できなかった作家もたくさんいますが、活動の推移は語っていなくとも、現代ミステリに影響を与えた個々の作品には、概論で言及しています。
――ミステリ評論の中には、注意書きを置きつつネタバレ前提で論を進めるものもありますが、若林さんはどの原稿でも基本的にネタバラシをせずに紹介していますね。
若林 結末や具体的な物語展開のネタバラシをしないことはもちろん、作品の重要な技巧や趣向はぼやかして書きました。既読の人には何の話をしているか伝わるけれど、未読の人が解説や書評から読むと不思議に感じたり、興味が惹かれる。本書では、「作家像を考える上で何か重要なことがここにはあるらしいぞ」と匂わせるくらいがちょうどいい塩梅だと思いました。
――巻末には、非常に充実した「日本ミステリ年表」が収録されています。25年間の「国内の状況」「海外の状況」「出版界の動向」「ミステリ界」の動向の4つが横に並べられるので、社会状況との繫がりが一目瞭然になります。
若林 具体的な方針が決まって最初に取り掛かった作業は年表作りでした。国内、海外の動向は「時事ドットコム」を参考にして、出版以外でも重要な動きがあれば付け足していった。出版界の方は芥川賞直木賞、本屋大賞の受賞作、それからトーハン年間ベストセラー1位の作品を入れました。ある程度年表で整理してから、本論は書き始めました。
僕は新卒から約10年間、出版流通関連の会社で働いていたので、出版市場の具体的な動きについては、自分が見聞きしたことを書き起こしています。年表のページ作りや校正については編集者に大変な苦労をかけてしまいましたが。
――この本の肝であり、若林さんが問題意識として抱えているのが先ほどの「ラベリングの功罪」だと思います。中でも〝イヤミス〟については、2005~2009年を論じる第2章で詳しく語られています。
若林 〝イヤミス〟を提唱したのは、ミステリ研究家の霜月蒼さんです。2007年にある連載で、霜月さんが〝イヤミス〟についての宣言を行っている。そして、翌年に刊行された湊かなえ『告白』のヒットを切っ掛けに、〝イヤミス〟という言葉は大流行しました。が、いつの間にか嫌な話は何でもかんでも、〝イヤミス〟というラベリングがされるようになった。提唱者の霜月さんが当初に意図していたところを外れ、言葉だけが一人歩きしてしまったと言いますか。そのことを同時代的に分析したのは、ミステリ評論家の千街晶之さん以外あまりいなかった。けれど、提唱者が本来意図した定義から外れた形で〝イヤミス〟が社会現象にまでなった背景は、しっかり考察すべきだと前々から思っていたんです。
2000年代後半に〝イヤミス〟として紹介された作品を読んでいくと、ドメスティックスリラーの要素を備えたものが多い。なぜこの時期に、そうした作品が多く刊行されたのか。それを知るには、他の大衆小説や純文学との関係、あるいは社会の動きから読み解く必要がありました。
――〝イヤミス〟と並んで考えるべき重要なサブジャンルとして、〝警察小説〟も挙げられていますね。
若林 横山秀夫さんの登場によって警察小説はブームとなり、ジャンルを拡大していきました。ところが、ジャンル本来の警察小説が持っていた捜査小説の技巧の文脈が、ジャンルの拡大とともに次第に途切れてしまった。その結果、「警察官が出てくるから警察小説」と、キャラクターものとして消費されるようになったんですね。詳しくは本書で考察しているけれど、改めて、警察小説はイヤミス以上に、ジャンル内外の小説や社会の動向と接続して見ていくべきだと感じました。
――同じように、若林さんが疑問を呈しているのが〝お仕事小説〟というジャンルの呼称です。
若林 僕は必要性がない限り、〝お仕事小説〟ではなく〝仕事小説〟や〝職業小説〟と書くようにしています。これは書評家の杉江松恋さんから教えていただいたのですが、作家の田中兆子さんが「お仕事小説の「お」は、いつからついたのだろう?」というエッセイで、「つまり、「お仕事」という言葉は、最初、「女性」と対になる言葉だったのですね。この「お」に込められた何となく良くなさそうな感情について、私はこれからもずっと考えることになりそうです」ということを書いているんです。
要は、〝お仕事小説〟と言われる作品のほとんどは、女性が頑張る話になっている。〝お〟をつけることによって、実は蔑称的な部分が含まれるのではないか、と。確かに、池井戸潤さんの〈半沢直樹〉シリーズなどは、〝お仕事小説〟とはあまり言われないですよね。どちらかというと、〝企業小説〟と紹介されることが多い。性別問わず、〝お仕事小説〟というラベル化はよくないと思い、本書でも言及しています。
――本書を読み進めると、若林さんがジャンルではなく、作品で使われる技巧に着目していることがよく分かります。
若林 僕は作品のテーマや題材よりも、使われている技巧がどこから来たのかを読み解くこだわりの方が強いです。先ほど警察小説の話をしたけれど、警察小説がキャラクターものに寄っていくこと自体はいいと思っている。キャラミスは昔から人気のサブジャンルだし、東川篤哉『謎解きはディナーの後で』など、国内ミステリに多大な影響を残した作品もあります。ちなみに東川さんがすごいのは、どういうジャンルの作品であっても、手掛かりの検証による技法を巧みに落とし込んでいるところです。東川さんの功績はどこかでしっかり整理しなければと思っていたので、今回論じることができて良かったです。
話が逸れてしまいましたが、僕は各サブジャンルで培われてきた技法は今一度、押さえておくべきだと思っています。警察小説で培われていた捜査・検証の技巧がなくなり、登場人物のインパクトだけで読ませるようになると、最終的には警察小説というジャンルの縮小再生産に陥ってしまう。それは、ジャンルにとってもいいことではないはずです。
――5章の最後には、次のような指摘があります。「〝謎解き〟という趣向はもはや本格謎解きミステリというジャンルが特権的に有するものではなく、あらゆるコンテンツに組み込まれることで斬新な物語が生まれる」。本書の総括のような一文です。
若林 25年の結びとして概論で取り上げたのは、青崎有吾『地雷グリコ』です。「だるまさんが転んだ」など、昔ながらの遊びに一捻り加えたゲームの頭脳戦を描く青春小説であり、物証をもとに論理的な推理で相手の手の内を読むという、謎解きの醍醐味にも満ちている。この作品はジャンル内外から高い評価を得ていて、ミステリ関連の賞だけでなく、山本周五郎賞を受賞、直木賞候補作にも選ばれました。『地雷グリコ』の受容のされ方は、漫画やゲーム、謎解きイベント、ホラーなど、あらゆるコンテンツにミステリの技巧が拡散されている証左だと感じます。
そういうことを踏まえると、僕はやはり、技巧ありきで作家や作品は論じるべきだと思うんですね。「技巧に着目して作家を評価する」重要性は、千街晶之さんと福井健太さんの『ニューウエイヴ・ミステリ読本』から学びました。千街さんは映画やドラマと言った映像作品、福井さんは漫画やゲームにおけるミステリジャンルの発展や拡散を論じ続けている書評家だと思いますが、現代日本ミステリの潮流を考える上では小説以外のメディアにも目を向けることは重要であると捉えています。かつて千街さんは「終わらない伝言ゲーム」というミステリ評論を書きましたが、まさに多様化するメディアの中でミステリの技巧や趣向が拡散されていったのではないか、という視点は大事でしょう。
――今さらのご質問になりますが、最後に、若林さんご自身はミステリ評論の役割をどういうものだと捉えていますか。
若林 僕の中ではやはり地図作りです。こういう作品が面白い、この趣向が流行っているといった、その時その時の点で作品を評価することも大切です。それこそ今は本の紹介コンテンツも溢れているし、紹介する人も書評家だけに限らない。でも、作品という〝点〟だけで評価し終わってしまうと、違う要素や角度からどうやって他の作品を探していけばいいのか、途方に暮れてしまうこともある。それでは、次の世代の読者を育てることに繫がってはいきません。そうならないよう、点と点を繫いで線にする「見取り図」をつくる作業は続けていく必要があります。
とはいえ、この本について言えば、あくまで僕が作った、25年間の国内ミステリの地図になります。特に、これからミステリを読もうと思っている10~20代の読み手には、この本を参考にしながら自分だけの地図を作ったり、僕の地図を書き換えてもらえると何よりです。
(おわり)
★わかばやし・ふみ=書評家。ミステリ小説の書評や文庫解説などを中心に活動。編著書に『新世代ミステリ作家探訪』『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』など。杉江松恋とのYouTube 番組「ミステリちゃん」にも出演中。一九八六年生。
書籍
| 書籍名 | 日本ミステリ新世紀MAP |
| ISBN13 | 9784408539003 |
| ISBN10 | 4408539007 |
