2026/10/23号 4面

強制移動の世界史

強制移動の世界史 山本 明代編著 徳永 悠  近現代世界では、戦争や地域紛争などが引き起こした強制移動によって、多くの人々が理不尽に日常生活を奪われ、故郷から引き離されてきた。本書では、強制移動の根本的な要因について探求するために共同研究を進めてきた歴史研究者ら8人が、世界各地の事例をもとに、近現代世界における強制移動の歴史を包括的に論じるものである。植民地主義によって異民族を支配してきた諸帝国の後継国家が、帝国主義的統治の形態をさらに高度化させたうえで、20世紀をとおして強制移動政策を実行してきた、という世界史の全体像を示そうと試みる。  本書は序章を含めた全9章で構成されている。序章は、大西洋奴隷貿易やイギリス、アメリカ、日本の植民地統治について説明したうえで、諸帝国が解体、または変容して国民国家に移行するなかで、入国管理制度、「科学」として発展した人種主義、交通手段、人口統計などの強制移動政策と関連の深い帝国主義的な思想や手法が発達した過程を考察する。第1章は、フィリピン・アメリカ戦争下で起こった住民の強制移動によって感染症が拡大した過程に着目し、とくに強制集村政策をアメリカ政府の軍事政策と医療政策の重なりのなかで分析する。第2章は、アメリカ政府が第二次世界大戦以降に軍事基地建設のためにグアムの先住民チャモルに対して行った強制移動政策を、セトラーミリタリズムの顕著な事例として紹介する。第3章は、バルカン戦争期に発生したムスリム難民へのハプスブルグ帝国の人道的対応と、その政治的意図について詳述する。第4章は、20世紀前半のセルビア人を中心とする国家の形成過程で、コソヴォからアルバニア人を排除する論理が構築された経緯を分析し、現在まで続く民族対立の根源について考察する。  第5章は、ドイツ人移民の帝国勢力圏内における入植について、プロイセン領ポーランドとドイツ領南西アフリカ(現ナミビア)の両事例を比較しながら論じる。第6章は、独立前のナミビアから子ども難民を受け入れた東ドイツの政策的意図を、冷戦の文脈のなかに位置づけて解釈したうえで、元子ども難民が帰国後に直面した困難に迫る。第7章は、第二次大戦末期から終戦直後にソ連占領地から強制連行されたハンガリーの女性たちの経験から、強制移動政策がはらむ暴力性について論じる。第8章は、第二次大戦後の大日本帝国崩壊が日本の脱混住化と東アジアの民族分断などに与えた影響を検証し、この地域における脱植民地化の特質について論じる。  全体として各章執筆者が取り上げた強制移動をめぐる個別の事例を、類似する他の事例も視野に入れて、その共通性や連続性を認識できるよう論述に工夫が加えられている。このような工夫のおかげで、近現代世界における支配集団と被支配集団の間の権力構造を示す、世界史的な課題として強制移動を理解することができる。本書は、統治形態が帝国から国民国家へと移行する時期を重視する。オスマン帝国とハプスブルグ帝国が崩壊に向かう時代を経て、バルカン半島のムスリムが国民国家システム内の少数派になり、その一部はボスニアなどの故郷から引き離されたままとなっていく複雑な歴史的過程も丁寧に論じている(第3章)。また、同時代に、移住すること自体をアルバニア人の「非民族性」、つまり劣等性を示す特徴であると説明したセルビア人論客についても、直接引用文を効果的に挿入して紹介している(第4章)。こうした史実は「民族自決」という原則が打ち立てられていく時代に、「民族」としての歴史を軽視または否定することで、特定の集団を差別することが正当化される過程を考えるうえで示唆に富む。アメリカ移民史を専門とする評者にとって、バルカン半島などの歴史から学ぶことは多かった。移動を強いられた人々の歴史と、そこで示された世界に共通する課題について、読者は本書から多くのヒントを得られるであろう。(執筆=山本明代・千葉芳広・長島怜央・米岡大輔・百瀬亮司・割田聖史・柴田暖子・加藤聖文)(とくなが・ゆう=京都大学大学院准教授・アメリカ移民史)  ★やまもと・あきよ=名古屋市立大学大学院教授・移民・難民史。著書に『大西洋を越えるハンガリー王国の移民』『第二次世界大戦期東中欧の強制移動のメカニズム』、共編著に『移動がつくる東中欧・バルカン史』など。

書籍

書籍名 強制移動の世界史
ISBN13 9784623100521
ISBN10 4623100529