2026/07/03号 3面

食の欲望論

食の欲望論 小林 哲・藤本 憲一編 森枝 卓士  食の文化フォーラムという集まりがある。  主催者の味の素食の文化センターのHPでの説明を引用すると、「社会・人文・自然科学など20以上の領域の研究者やジャーナリストが一堂に会し、決められた食のテーマについて多角的な発表と討論し、食文化を学際的に考える会員制の研究討論会「食の文化フォーラム」を開催しています。その成果をもとに「食の文化フォーラム開催記録」の刊行や、公開シンポジウムなどを開催し、皆様へその成果を共有しています」というものである。  「食文化」という言葉自体、この人から発しているという、石毛直道民族学博物館名誉教授を中心に、四十年以上前に始まり、代を重ねている。  かくいう私自身、この集まりの元メンバーで、発表やらコーディネーター(本でいえば編者だ)など繰り返してきた。表の議論だけでなく、会のあとの打ち上げの会、それに飽き足らず、石毛先生の「何だったら僕の部屋で……」という言葉で飲み続け、議論を続けるという会でもあった。私事をさらに重ねると、酔っ払いながらのその議論をヒントに、たぶん、十冊以上は本にしたか。他のメンバーたちも同じように議論からアイデアを得ていたはずだ。  すでに引退した身であるので、まあ、書評も許されるかと引き受けたのだけど、ともあれ、この本もそのような集まりの産物だということである。三回のフォーラムでの発表をベースに、討論等その後のあれこれ含めて本としてまとめたもの。  で、この巻のテーマは『食の欲望論』。  「食べることは、生命維持のための行為であると同時に、文化的・社会的欲望の実践の場となり、人間社会が生み出すさまざまな記号論的世界の中に組み込まれていく」というわけで、飽食と飢餓、健康行動と嗜癖行動、享楽と禁欲など相反する状況・行動・志向が共存現代社会特有の「食」の逸脱減少が存在するというのが編者の弁。  そういう中での食の欲望の本質と変容を学際的に考察するというわけである。  このフォーラム(とその本)の特徴としてあげられるのが、まさにその学際。様々な分野から、たとえば哺乳類、霊長類、人類の食の特徴というところから、狩猟採集民のフィールドワーク経験豊かな人類学者の、飲食の欲望の起源についての論考、あるいは味覚、特に油脂に対する嗜好のメカニズム、拒食と過食の人類学、フードテックから果ては宇宙環境における食の欲望、そして、インスタ映えの食というところまで、まあ、様々な角度から食の欲望を眺め、語る。  宇宙食を語るのが、JAXAの食担当者であるように、あるいは油脂、嗜好のメカニズムを語るのがその権威といっていい伏木亨であるように、とにかく、その筋の一線の専門家が他の分野の人間にもわかるように過不足なく説明している。一読するだけで、人間の食について、多くの知見を得られるはずである。  私自身、ずっとこのようなテーマで食を考えても来たが、それでも多くの発見というか、なるほどと思われることがあった。食を思考の対象として興味がおありなら、間違いなく、お薦めしたい一冊である。そして、このシリーズの他の本も。  具体的に語りたいことが多々あるのだが、紙幅は限られている。その中でというのなら、インスタ映えと茶の湯についての編者藤本憲一の論。  茶道では物質としての茶が、食欲などの欲求を抑制するだけでなく、文化装置としても欲に制限をかけている。弱肉強食酒池肉林の欲望全開の戦国の武将たちをわびさびの世界に誘い、クールダウンさせたように、と。  それとインスタ映えがどのように?と思うと、食べたいという欲望から一旦遠ざかり言語化視覚化などへ遠回りさせイメージ操作を……。つながる? うーん。  他にも刺激に満ちております。ご一読を。(もりえだ・たかし=写真家・ジャーナリスト)  ★こばやし・てつ=大阪公立大学教授・経営学・マーケティング論・ブランド論。  ★ふじもと・けんいち=武庫川女子大学教授・文化社会学・情報美学・メディア環境論。

書籍

書籍名 食の欲望論
ISBN13 9784582839968
ISBN10 4582839967