「蒲団」の時代
木村 洋著
栗原 悠
一〇年ほど前、東京大学で行われた池澤夏樹=個人編集『日本文学全集』の刊行記念イベントに足を運んだことがあった。壇上、池澤は敬愛する丸谷才一の影響のもとに自然主義を日本文学の古典的伝統に目を背け、あるべき正道から逸れていったイズムとして捉え、全集から除いた旨を語ったが、実のところ、こうした見方は彼らのオリジナルではない。それは西欧文学への浩瀚な知見を背景に戦後の文芸評論をリードしていった吉田健一や中村真一郎、あるいは(池澤の父である)福永武彦らから受け継がれてきたものであり、とりわけ社会に背を向けて個人の心の裡を赤裸に描く私小説の淵源を田山花袋「蒲団」に見出し、そうした流れを西欧の自然主義の誤読とその必然的帰結(あるいは末路?)として難じた中村光夫『風俗小説論』の議論は、種々の批判を受けながらも自然主義―私小説について今日まで評価言説としての覇権的な地位を失ってはいない。
かつて「丸谷こそがわが文学上の師」(「あとがき」)だったと述べる木村洋が『「蒲団」の時代』において如上の文学史観に異議を申し立て、むしろ自然主義をすぐれて社会的な精神運動として読み替えようとしたのは、その意味で文学上の父に対する果敢な挑戦だったと言えよう。実際、本書はイワン・ツルゲーネフの代表作であり、政治改革期の帝政ロシアにおける親子の価値観対立を描いた「父と子」を導きの糸に、自然主義を激しい世代間対立の産物として捉える態度に貫かれている。なお、ここでの父とは木村が従来その言論活動について丹念な研究を進めてきた、幕末―明治維新期に幼少期を過ごし、国家道徳観を内面化してきた徳富蘇峰や彼が主宰する民友社周辺のおよそ一八六五年以前に生まれた論客たちであり、一方の子とはそれ以降、既成の価値観に飽き足らず自分たちの文学を模索していった世代を指す。もちろん、蘇峰やたとえば花袋との間には実際の親子ほど大きな年齢の隔たりはないが、父子という比喩的な意味での世代間における文学認識の対立構図の妥当性は、本書のなかで縦横無尽に引かれる数々の資料によって裏付けられていく。
かようなモチーフに出発しつつ、木村はまず自然主義の「前哨戦」として、北村透谷の厭世観や高山樗牛の本能主義(ニーチェイズム)、あるいは綱島梁川の超俗的な見神論などの流行をナショナリスティックな規範意識からのきわめて真剣な逸脱的志向だったと見る。一般に自然主義と言えば、国木田独歩の晩年の作品集(『独歩集』一九〇五、『運命』一九〇六)や島崎藤村「破戒」(一九〇六)、そして「蒲団」(一九〇七)などに代表される日露戦争後に登場した文学潮流として説明されることが多い。タイトルや目次からも明らかなように、本書においてもそれらはやはり議論の焦点であり、言説形成において重要な役割を担ったことは疑う余地がない。しかし、独歩の諸作も「破戒」、「蒲団」もけして突然変異のように現れたわけではなく、右のように動揺する社会思想のなかに胚胎し、現実政治への厭世や煩悶、あるいはあけすけな性欲の解放をめぐる激しい論争を糧として育っていった。その意味で木村のいう現象としての自然主義は、先に挙げた特定少数+αの小説家たち(たとえば正宗白鳥、真山青果、徳田秋聲など)の固有名に結び付けられた局限的な運動ではない。それは既成道徳への反発と制約なき表現を追い求めた永井荷風や谷崎潤一郎、借物ではない自らのことばを渇望した『青鞜』に集う女性たちなどをも巻き込んだ、支持/不支持の対立を超えた時代の大きなうねりとして捉えられている。
そして膨張した自然主義はやがて文学という枠から溢れ出し、ジャーナリズムや政治にさえも影響を及ぼしていく文字通りの社会現象となっていった。本書の記述もおおむね運動のピークとしての一九一〇年を一つの区切りとして議論を終えているが、当然のことながらこれだけの影響力を持ってしまった自然主義は旧世代の権威的な国家道徳に背を向け、そこからの逸脱に命を賭した放蕩息子のままではもはやいられない。それは望まずとも、むしろ後続世代の文学者たちの挑戦を受けるパターナリスティックな存在へと変貌していく。一九一〇年代以降、既成文学として繰り返し召喚され、打ち倒すべき目標となる自然主義の問題は、本書が切り拓いた視界の先に広がる新たな文学史の沃野と言えるだろう。(くりはら・ゆたか=総合研究大学院大学/国文学研究資料館准教授・日本近代文学)
★きむら・ひろし=上智大学教授・日本近代文学。著書に『文学熱の時代 慷慨から煩悶へ』(サントリー学芸賞)『変革する文体 もう一つの明治文学史』など。一九八一年生。
書籍
| 書籍名 | 「蒲団」の時代 |
| ISBN13 | 9784106039447 |
| ISBN10 | 4106039443 |
