最高裁判所と憲法
泉 徳治著
矢沢 久純
本書は二部構成となっており、国際人権条約の適用をめぐる第一部と違憲審査の在り方についての第二部からなる。収録されている論文は二〇〇九年一〇月初出のものが最も古く(第一部第五章)、書き下ろし論文が二本あり、主としてここ五年ぐらいに泉氏が書かれたものが中心となっている。泉氏は二〇〇九年に最高裁の定年年齢である七〇歳に達して退官されているが、二〇一三年に単著『私の最高裁判所論』を、二〇一七年には語り手としてではあるが共著『一歩前へ出る司法』を上梓されただけでなく、(在職中は論文の発表が自由にできないという事情もあるが)退官後の七十代・八十代に精力的に論文等を発表されている。
第一部は、日本国法務大臣による外国人に対する退去強制関係の処分を契機として、人権問題の判断にあたっての国際水準化をめぐる諸問題についての論稿及び泉氏が受けたインタビューである。国際人権条約の適用に関して、過去の最高裁大法廷判決を含む多くの裁判例の誤りを指摘し、日本が批准し日本で効力を有している国際人権条約の下で(すなわち、国際人権条約に反しないように)法務大臣が退去強制の処分を行う必要があることを明確にしている。そして、最高裁裁判官は国際的な裁判官等との対話が比較的低調であり、人権判断の国際水準化についての関心が乏しいことを指摘して、条約違反を「上告理由」(これがないと、最高裁で審理してもらえない)とすること、上告理由書に参照すべき外国判例や外国法制・国際人権法に関する学者の意見を添付すること、市販されている通常の六法全書では国際人権条約は最後の条約編に収められていて目立たないが、これを最初の憲法編に移すこと等を提案されている点は示唆に富む。国際人権条約の適用をめぐる泉氏の諸論稿を一書にまとめたのは本書が初であり、この点で新規性があると言えよう。
第二部は、東京都議会議員選挙における議員定数配分の問題を主要テーマとするもので、平成年代の後半に最高裁が判断を下したいくつかの事件の研究が行われている。最高裁が違憲・違法ではないと判断した事件も含めて、違憲審査基準論やひいては違憲審査の在り方について国民の権利・自由の不当な制約を防ぐにはどうすべきなのかを明らかにしようとしている。圧巻は弁護人依頼権について書かれた第三章であり、自由権規約、欧州人権条約、EU指令、アメリカ憲法の研究を踏まえた上で日本の裁判例について検討し、日本の裁判例が世界の基準に適合するものであるか否かを検証されている。そして、ここでも、刑事手続の国際水準化を主張されておられる。
本書の特徴は、帯にあるように泉氏による「司法権の役割論の集大成」であるが、それに止まるものではない。本書では、途中に七本のコラムが挟まれている。これらは主として、泉氏が足繁く通われている古書店街にて、特にその軒先にて廃棄寸前の状態から泉氏が救出した司法関係者の随筆に基づくものであり、先輩裁判官たちの裁判への思いを軽妙洒脱なタッチで分かりやすく書かれたものである。先輩裁判官たちの苦労を後世に伝え、残したいという泉氏の変わらぬ熱き思いが本書でも満ち溢れている。二本の書き下ろし論文を本書劈頭と末尾に布置し(第一部第一章、第二部第六章)、その書き下ろし論文を際立たせるようにコラム一とコラム七を入れて両論文を独立させ、その中間ではほぼ論文二本ごとにコラムを置くことで、合計七本のコラムが絶妙な「本狂言」となって、本格的判例研究の性質を有する一三本の論文等を疲れを感じさせずに読み進めることができる構成となっている。ここに、著者と伝統ある発行元による、容易には実現し難いさりげない粋な演出を見ることができよう。(やざわ・ひさずみ=北九州市立大学教授・民法学)
★いずみ・とくじ=TMI総合法律事務所顧問弁護士。京都大学法学部卒業・ハーバード・ロー・スクール修了。東京地方裁判所判事、浦和地方裁判所所長などを経て、二〇〇二年から二〇〇九年まで最高裁判所判事を務める。一九三九年生。
書籍
書籍名 | 最高裁判所と憲法 |
ISBN13 | 9784000616959 |
ISBN10 | 4000616951 |