2026/05/22号 5面

名誉ある平和

名誉ある平和 A・A・ミルン著 土居 安子  「私は戦争に反対だ。私はこの言葉を、戦争は間違っているという意味で使っている。同様に私は子どもたちに残虐行為が行なわれることも、奴隷や異教徒が火刑に処されることも、貧困者からの搾取も、幼く純真な心を汚す行為も間違っていると考えている。/戦争は間違った行為だ。」  これは、『クマのプーさん』(一九二六)を書いたA・A・ミルンの『名誉ある平和』(一九三四)の「2章 すべての平和主義者たちへ」からの引用である。ミルンは一八八二年にイングランドで生まれ、大衆向け娯楽雑誌『パンチ』の編集助手として働いていたが、第一次世界大戦(一九一四―一九一八)が始まり、一九一五年に陸軍へ志願入隊する。そして、激戦地ソンムの塹壕で多くの戦友を失う経験をし、塹壕熱のため、激戦地を離れる。その経験を経て書かれたのが本書である。  全18章からなる「名誉ある平和――戦争という習慣の研究」(一九三四)には、国や国民が「名誉」のための戦争という語を使うことや、キリスト教が戦争を否定しないことの意味を考え、どのように考えれば、すべての国が戦争を拒否する体制ができるのかを考察している。その際、ミルン特有の皮肉の利いた文章がちりばめられている。たとえば、「先の戦争」である第一次世界大戦について、「人間の中にある『虎や猿と同じ闘争本能』」によって戦ったとしても、「あの戦争がどんなに要求の少ない虎でさえ満足させられず、田舎から出てきたばかりの一番単純な猿ですら満足させられなかった」中で、「豊富にノミ取りの機会を与えられた小さな猿たちだけ」が「満足した」と書く。「訳注」によると、「前線で戦った兵士たちを指して、『小さな猿』と呼んでいる。これによってミルンは、第一次世界大戦が不毛で何も得るものがなく、塹壕の中でノミ取りに追われた前線の兵士だけがその目標物(ノミ)を得たのだとアイロニカルに表現している。」とある。  また、身近な出来事を例に、多くのたとえ話や寓話を語っている点もミルンらしい。たとえば、庭のチューリップの開花を楽しみにしている人が、その人を嫌う侵入者によって、チューリップの新芽をことごとく切り裂いたとしたら、その侵入者に爆弾を投げるかという問いを投げかけている。  加えて、議論を客観的に運ぶために、M(ミルン)の論に意義をはさんだり、疑問を呈したりする人物を設定し、対話が挟み込まれている点も劇作家であるミルンらしい。対話する人物には、SR(共感的読者=シンパセティック・リーダー)やE・S(老政治家=エルダー・ステイツマン)などがいるが、特にE・Sは、読者が疑問に思うことをMに突っ込んで質問しており、そのやりとりを楽しむことができる。シェイクスピアやテニスンやバイロンや聖書などからの引用もあり、文学的なおもしろさもある。『名誉ある平和』は、『グッバイ・クリストファー・ロビン』(アン・スウェイト著、国書刊行会、二〇一八)によると、「驚くほどの成功を収めた」。  しかしながら、この本が興味深い点は、本書の後半に、六年後に書かれた「名誉ある戦争」(一九四〇)も収められていることである。一九四〇年当時、ヨーロッパでは、ヒトラーが圧倒的な力を持っていた。その中で、ミルンは「一九三四年以来変わることのない平和主義が、なぜ今では軍事的な勝利にその情熱が導かれたのかを説明する」と書いている。ヒトラーの台頭に対するミルンの絶望的な気持ちは、今私たちが抱いている「なぜ、罪のない人たちが殺されなければいけないのか」「なぜ、人々が作った建物や施設を破壊しなければいけないのか」という気持ちと共振する。そして、そのことをいかに考えればいいのかをミルンの議論を読みながら考えさせられる。  以上のように、本書は、現在の世界情勢の中で「戦争」を考える上で有意義であるばかりでなく、『ミルン自伝 今からでは遅すぎる』(岩波書店、二〇〇三)や息子の伝記『クリストファー・ロビンの本屋』(晶文社、一九八三)などがあるとしても、ミルン作品と本書に描かれる子ども観や人間観を比較する児童文学研究やミルン研究のためにも欠かせない一冊だと思った。(吉村圭訳)(どい・やすこ=大阪国際児童文学振興財団総括専門員)  ★アラン・アレクサンダー・ミルン(一八八二―一九五六)=小説家・詩人・劇作家・コラムニスト。ロンドン生まれ。『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』は戦間期に執筆された。同時期に執筆された『名誉ある平和』は、ミルン自身が「もっとも重要な著書」と位置づける著作。

書籍

書籍名 名誉ある平和
ISBN13 9784867800942
ISBN10 4867800945