戦争の美術史
宮下 規久朗著
小森 真樹
戦争は「例外状態」ではない。むしろ人類史に反復して組み込まれてきた、視覚の制度である――『戦争の美術史』はこの挑発的な前提から出発し、古代シュメールからウクライナ戦争に至る約五千年を射程に、戦争と美術の相関を通史的に編み直していく。宮下規久朗による「戦争美術」の定義は実用的で、絵画にとどまらず、写真、彫刻、慰霊碑、映像にまでその概念を広げる。
戦争美術は、一般に陥りがちな「プロパガンダ」あるいは「反戦」という道徳的二分法へは回収されない。「はじめに」で明快にその機能が整理される――「記録」「戦勝の記念」「反戦・平和」「追悼」「芸術性の追求」といった複数の横断的機能である。すなわち戦争美術とは、矛盾を孕む複雑な意味生成の装置なのである。暴力を可視化しつつ同時に隠蔽し、死を悼みつつ統合を演出し、個の体験を公共的な物語へ翻訳もする。固有性は普遍性と共存し得る。この整理からして、「戦争」の語りにはしばしば起こる、単一の意味への回収がすでに省みられているといえよう。とりわけ著者が太平洋戦争期の日本の戦争記録画を、世界史的な戦争表象の連鎖の中へ位置づけ直そうとした点は、国内の戦争画研究を「特殊日本」へ閉じ込めないための方法論的介入として評価できる。
本書が通史という形式を採用したことは、入門書という目的を超え、歴史観の提示という点で大きな意味を持つ。「戦争美術」とは、いかなる歴史を包含し得る概念なのか? この美術史は、植民地主義的暴力、ジェンダー化された暴力、民衆の身体経験の非対称性――こうした世界像をどこまで表象できるのだろうか。この相対的に「語られぬ」部分こそ、本書が逆説的に提示する、最も未来志向で生産的な論点ではないか。すなわち、われわれは何を「戦争」として見せられ、何を見落としてきたのか。戦争美術を「過去の図像」ではなく、現在の読者・鑑賞者を編成する公共性の技術=芸術として読み替える。本書は、戦争の記憶が文字通り再び「武装化」されはじめ、あるいは、文化戦争状態において言論が「兵器化(weaponization)」されているこの時代において、見ることの倫理と政治を再設定する足場となるはずである。
戦争美術を「過去の遺物」ではなく「現在の倫理」として問い直す。そして、美術史の認識の構造についてその前提を「修正」する。評者は拙著『歴史修正ミュージアム』(太田出版、二〇二五年)でこうした試みを欧米各地の美術館の歴史的反省にみたが、本書は「戦争美術」を手がかりに美術史の構造批評となっている点に強い共感を覚えた。
本書が美術の専門家コミュニティの外へ向けて書かれている点も、その意義を深めている。読みやすい筆致に加えて二〇〇点超の図像がほぼカラーで配される誌面は、さらなる読者層を獲得することになるだろうし、こうしたサービス精神は新書においても――とりわけ現在の人文系出版の黄昏の中では――稀有なものではないだろうか。本書は、岩波新書――いわゆる「新赤版」として、学術性の高い基礎資料・入門書を安価に読者へ届けてきた、日本の書き下ろし教養本の代表的レーベルから刊行された。非美術系の大学で文化芸術を専攻する学生に教えてきた評者の経験からいえば、新書が届く範囲は美術専門書よりもはるかにリーチが長いと感じる。頒布・流通の面でも、エンタメ系書店から公立図書館まで、長いタイムスパンで読者が容易にアクセス可能な状態が保たれることは、本書による「歴史の修正」の可能性を広げることだろう。
二〇二四年三月に評者がキュレーターとして実施した「美大じゃない大学で美術展をつくる vol.1 藤井光〈日本の戦争美術1946〉を再演する」(書籍版:アートダイバー、二〇二五年)は、こうした問題意識から企画したものである。歴史の認識視座を更新する可能性について、いかに長期的でサステナブルな方法がありうるのか。太平洋戦争中、藤田嗣治を主導者に名だたる画家たちが帝国日本軍に協力して描いた一五三点の戦争美術がある。終戦後これらの「名品」はGHQによって接収され、一九四六年、上野の東京都美術館では、それらが「芸術なのかプロパガンダなのか」を米軍関係者が精査するための展覧会が開かれた。審査の結果、作品はアメリカ本国へと持ち去られ、さらに一九七〇年には「無期限貸与」という形で東京国立近代美術館へと返還されている。『戦争の美術史』でも論じられているこの史実を、「現代美術」という表現を用いて現代に再演することで「実用できる」ようにしたのが、美術家藤井光による東京都現代美術館で開かれた二〇二二年の展覧会であった。藤井はこの作品を商品として販売し、その歴史を開いた。評者はそれを購入し、企画者として展覧会を開催した。「お客さん」が歴史を広げていく可能性について問うたのである。
戦争/美術の歴史は、専門家の外へと開かれなくてはならない。「美大じゃない」シリーズとはそうした意図でつけたコンセプトである。美術という表現、あるいは美術界や美術教育の中で思考され、表現され、議論されてきたエッセンスを外部へと届け、コミュニケーションを生み出すこと。より正確には、それらの規範的前提を「修正」することの意義をシンボリックに提案することを企図した。
『戦争の美術史』は、「戦後八〇年」の好機をつかみ、学生の頃から温めていた案を世に問うたものと宮下自身述べている。「8月ジャーナリズム」についていたずらに冷笑するよりも、こうした意義ある出版物の息を絶やさないために、「戦争美術」観を更新する試みをさまざまなチャンネルから発信していくことを続けたい。そう励まされた気持ちになった。(こもり・まさき=武蔵大学人文学部教授・アメリカ文化研究・ミュージアム研究)
★みやした・きくろう=神戸大学大学院人文学研究科教授・美術史・イタリア一七世紀バロック美術。著書に『カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン』『聖母の美術全史』『バロック美術』など。
書籍
| 書籍名 | 戦争の美術史 |
| ISBN13 | 9784004320906 |
| ISBN10 | 4004320909 |
