2026/03/27号 3面

〈平等〉の人類史

〈平等〉の人類史 ダリン・M・マクマホン著 数土 直紀  本書は平等に関する歴史書であり、しかも一冊のなかに太古から現代に至るまでの流れを叙述している点が大きな特徴である。本書を読むうえで注意しなければならないことは、本書ではあくまでも「平等である」ことの歴史が問われており、「不平等である」ことの歴史が問われているわけではないことである。もちろん、平等と不平等は表裏の関係にあり、両者は一体となっている。したがって、平等を問題にすることは不平等を問題にすることであり、その逆もまた然りである。しかし問題は、私たちは不平等である状態をイメージするほどには、平等である状態をイメージすることができていないことである。どのような状態が真に平等であることを意味するのか、そこには様々な選択肢と解釈の余地があり、どれが〈正解〉なのかは決して自明ではない。だからこそ、そもそも「平等である」ことがこれまで何を意味してきたのか、そしてその意味がどのように変化してきたのか、その歴史を明らかにすることに意味が生じる。  本書が示す〈平等〉の歴史においては、平等にはつねに排除とそして何らかの暴力や不平等を伴っていたことが示される。たとえば、本書でアテナイの平等について述べられるとき、「平等はつねにどこかしら制限されたものでありつづけ、同等者の特権的集団は、内部の人びとを結束させる資質と同じくらい、そこから誰が、または何が排除されるかによっても定義される」(本書122頁)ことが強調される。あるいは、アメリカの独立革命やフランス革命について述べられるときも、「フランス革命の平等の理解が、アメリカの独立革命と同様に、それらの人びと[評者補足:革命で排除されてきた対象]の排除によって構成され、制限されてきたやり方」(本書236頁)が強調される。そして、このように排除や暴力に裏打ちされてきた〈平等〉の歴史はもはや過去のものというわけでは決してなく、現代にいたるまでいまだに途絶えることなく、継続している。「世界がさらに平等な方向へ着実に歩を進めているのだ」(本書427頁)という思い込みとは別に、所得や資産の不平等はむしろ拡大していることを、本書は指摘する。  社会的不平等を是正し、社会的平等の実現を目指す社会科学者にとって、あるいはそうではなくても私たちの社会を支える自由と平等の観念の崇高さを信じる人びとにとって、本書が明らかにする〈平等〉の歴史は決して心地よいものではないだろうし、実際に評者は、本書を読み終えたとき、少なからず暗然とした気持ちを味わわされた。しかし注意しなければならないことは、かりに本書が〈平等〉の歴史のいわばダークサイドについて議論しているのだとしても、真の平等などそもそもありえないのだと著者が開き直っているわけではないことである。本書が明らかにしていることは、私たちが平等について考えるとき、真に「平等である」ために必要とされるものの答えは少なくとも過去にはないということのみである。したがって、もし私たちが真に平等な社会を目指すのであるならば、その答えを安易に過去に求めようとするのではなく、まだこの世界において実現されたことのない未知のものとして探求していかなければならない。  確かに、真の平等が何であるのかを、そしていかにしてそれを実現すべきなのかを明らかにすることは容易なことではない。しかし、本書の最後でも述べられているように、不平等が私たちの社会にさまざまな問題をもたらし、そしてそれを変えていく必要があることに疑いはない。大切なことは、私たちはまだ真に平等であることの意味を知らないということであり、だからこそ平等をめぐる歴史を踏まえて、新しく平等を構想しなおすことが求められている。そのことを痛切に知らしめてくれるものとして、本書は多くの人に読まれるべき図書である。(東郷えりか訳)(すど・なおき=一橋大学大学院教授・計量社会学・社会階層論)  ★ダリン・M・マクマホン=アメリカの歴史家。ダートマス大学教授。著書に『啓蒙の敵』『幸福』『神聖なる怒り』(いずれも未邦訳)など。一九六五年生。

書籍

書籍名 〈平等〉の人類史
ISBN13 9784867931301
ISBN10 4867931306