瀧口修造と前衛写真
伊勢 功治著
三木 学
本書は、瀧口修造という戦前・戦後をつなぐ日本を代表する美術批評家が、「前衛写真」といかに深い結びつきをもっていたのかを明らかにするものである。瀧口の個人史を縦軸に、同時代のマン・レイ、モホリ=ナギ、ジョージ・ケペッシュらとの関係、さらに思想を継承した写真家・大辻清司の活動を横軸として、瀧口の思想と実践を浮かび上がらせていく。瀧口の前衛写真に関する批評をここまで体系的に検討した研究は、これまでほとんどなかったのではないだろうか。
1903年、富山県に生まれた瀧口は、医師であった父から家業を継ぐことを期待されていたが、幼い頃から文学や美術に関心を示していた。外国人教師による英語教育や、『白樺』『中央美術』といった雑誌を通して海外の芸術に早くから触れ、慶應義塾大学文学部では英文学者・西脇順三郎の薫陶を受ける。西脇を通じて、ダダイズムのトリスタン・ツァラやフランシス・ピカビア、シュルレアリスムのアンドレ・ブルトンなど、当時ヨーロッパで展開していた前衛詩の動向を知るようになった。やがて仲間と同人誌を結成し、自らも詩作に取り組む。
第一次世界大戦は、19世紀以来の進歩主義的な理性観を大きく揺るがした。その衝撃のなかから、反美学的なダダや、理性の下部に潜む無意識を探究するシュルレアリスムが生まれる。19世紀以降、芸術家を社会変革の先導者として位置づけてきた「アヴァンギャルド(前衛)」という概念は、こうした運動のなかで新たな展開を迎えた。とりわけシュルレアリスムは、政治や社会変革とも結びつきながら既存の価値体系を転覆しようとしただけでなく、写真や映画を無意識の世界を可視化するメディアとして積極的に活用した点に特徴があった。
マン・レイやモホリ=ナギらによる新しい写真表現は、日本では「新興写真」と呼ばれ、木村専一が編集主幹を務めた雑誌『フォトタイムス』などを通じて紹介された。瀧口も同誌に多くの評論を寄稿し、木村の後押しを受けて前衛写真協会を組織する。しかし、「新興写真」を盛んに行っていた関西の浪華写真倶楽部や丹平写真倶楽部と前衛写真協会との誌上対談では、思想や理論を重視する協会側と、写真を表現の一様式と捉える関西側とのあいだに、写真観の違いが浮かび上がったのは興味深い。
「新興写真」は、新たな写真技法を駆使すると同時に絵画を参照し、絵画的な写真表現を行う傾向が見られた。しかし瀧口は、主体=主題を中心とする絵画と、客体=物質を中心とする写真は本質的に異なるメディアだと考えていた。物質の無意識ともいえる「オブジェ」という概念も、写真によって発見された側面が大きい。
写真には、光学的・化学的プロセスによって現実を定着させる固有の記録性がある。たとえストレート写真であっても、その記録性ゆえに現実や物質のなかに潜む無意識の層が写し出され、結果として超現実的なイメージが現れると考えたのである。この洞察は、人間の意識では捉えきれない領域を写真が可視化するという意味で、ヴァルター・ベンヤミンのいう「光学的無意識」にも通じるものだった。瀧口の写真論は、シュルレアリスムの紹介にとどまらず、写真というメディアの特性をめぐる思考として、日本におけるメディア論の先駆的試みとして捉えることもできるだろう。
瀧口は、レイヨグラフやソラリゼーションといった技法を用いたマン・レイの写真を「物体の無意識の美」を発見していると評価しつつも、意図せず超現実的な世界を写し出したウジェーヌ・アジェの写真のように写真性を追求することで、無意識や超現実の本質が現れると指摘した。こうした「オブジェ」や超現実をめぐる考え方は、後に実践者である大辻清司の作品において具体的な形をとっていく。
戦後、大辻は武蔵野美術大学や筑波大学などで教鞭をとり、高梨豊、牛腸茂雄、児玉房子、畠山直哉など多くの写真家を育てた。瀧口の影響は今日にまで及んでいるが、本書は、その思想的核心が1930年代の前衛写真批評のなかにすでに形成されていたこと、そしてそれが今日でもなお可能性を持つことを示している。
現在、生成AIの普及によって、光を物理的に定着させるという写真固有の記録性は、現実の証明としての根拠を揺るがしつつある。世界全体がシュルレアリスム的なイメージに覆われつつある今日、現実の事物との偶然の出会いを前提としていた「オブジェ」の概念もまた、問い直しを迫られている。それでもなお多くの人がフィルム写真に惹かれるのは、そこに依然として「オブジェ」の力を見出しているからだろう。その力の根拠を問い直すとき、瀧口修造はこれからも参照され続けるだろう。(みき・まなぶ=美術評論家・色彩研究家)
★いせ・こうじ=グラフィックデザイナー・写真研究。著書に『写真の孤独』など。一九五六年生。
書籍
| 書籍名 | 瀧口修造と前衛写真 |
| ISBN13 | 9784867931363 |
| ISBN10 | 4867931365 |
