2026/05/01号 5面

少女期

少女期 吉屋 信子著 山田 昭子  吉屋信子の代表作といえば『花物語』だが、見るべき作品は実は長編少女小説にこそ多くあるといって良い。しかし、新潮社版、朝日新聞社版いずれの「吉屋信子全集」にも長編少女小説は収録されておらず、単行本も入手が困難だ。本書は、貴重な吉屋の長編少女小説を復刻した「吉屋信子少女小説集」シリーズの五冊目にあたる。  表題作である「少女期」は一九四一年一月から十一月にかけて『少女の友』に連載された。「小さき花々」は『花物語』の続編として位置付けられる。三五年から同誌に連載、翌年には実業之日本社から単行本化されたが、以降の連載分は書籍化されていない。新たに復刻された本書には三七年一月から四〇年九月にかけて掲載された、単行本未収録の六編が収録されている。時代は戦争へと向かう過渡期にあった。解説の嵯峨景子氏は、次第に愛国的なトーンを強めていく時期にあってなお吉屋が描こうとした「少女たちの友愛や美意識、人々が生きるなかで味わう理不尽や哀切などを織り込んでいった」作品だとしており、『少女の友』の看板挿絵画家であった中原淳一の降板のきっかけとなった暗黒の時代の足音を丁寧に追っている。  「少女期」、及び「小さき花々」のうちの三作はいずれも真実と虚偽のはざまで揺れ動く少女の心理をテーマにしている。「少女期」は、死んだ孫娘の身代わりとして老夫婦の元に引き取られるユミの物語だ。たとえ姿形は生き写しであっても、ブラジルに渡った久美子の両親を騙すことに良心の呵責を感じたユミは葛藤を繰り返す。最後は真実を打ち明けたうえで帰国した両親の元で幸せに暮らす決意をしたことを、親友への手紙にしたためる。  「白き薔薇」は工場の社宅で起こった出来事を描く。雪合戦で故意に職工の子供に怪我を負わせた工場長の息子を姉が咎める。実際は弟に非があるにもかかわらず、何の咎もないはずの子供の母親が謝る様子を見て、姉は「人の世の人間の生活のもの哀しさ」を感じる。「中尉のお手紙」は、戦地の兵士に慰問袋を送る際、少しの虚栄心から奉公先の渡瀬姓を名乗ってしまった女中キミの物語だ。受け取った兵士が帰国後御礼のために渡瀬家を訪れたことで真実を知った若婦人は、優しさから話を合わせる。「三村アキの綴方」は、アキが記した綴り方を読む山内先生の視点で描かれる。母の再婚後、幸せに暮らしていたアキの元に訪れた実父との再会と別れを「ほんとうのことを、ありのままに書かなければ、いけない」という言いつけの通り守って書いたアキのけなげな心情に山内先生は心打たれる。  吉屋が少女の複雑な心理に迫る作品を手掛けるようになった転機は、三三年一月から一年間『少女の友』に連載された「からたちの花」(『吉屋信子少女小説集1』に収録)であると考えられる。同作品は、他者からの愛情に飢えた一人の少女が「自愛」の心を獲得するまでの精神的成長を描いた意欲作だ。作中において吉屋は少女の心理を表現するうえで手紙を効果的に用いたが、本書に収録された表題作、そして「小さき花々」六作品のうちの四作品でも手紙や綴り方が重要な鍵になっている。  本書は吉屋が描く少女小説の軌跡を見るうえでも見逃せない作品集であり、同シリーズ「からたちの花」の併読をお勧めしたい。吉屋には少女小説以外にもまだ見るべき作品は多い。生誕一三〇周年にあたる今年、多くの読者の獲得が期待されるとともに、今後新たな作品の復刻が待たれる。(やまだ・あきこ=専修大学非常勤講師・日本近現代文学)  ★よしや・のぶこ(一八九六―一九七三)=作家。栃木高等女学校に在学中から少女雑誌に投稿。『少女画報』に連載された「花物語」が女学生の圧倒的な支持を得、ベストセラーになる。著書に『鬼火』(女流文学賞)『わすれなぐさ』『安宅家の人々』『徳川の夫人たち』など。一九六七年菊池寛賞受賞。

書籍

書籍名 少女期
ISBN13 9784892571350
ISBN10 4892571350