2025/07/11号 4面

転がる石のように

山田健太著『転がる石のように』(鈴木雄雅)
転がる石のように 山田 健太著 鈴木 雄雅  二〇二五年前半のジャーナリズムは、国内では「昭和百年」「戦後八〇年」というキーワードをはじめとして、一九九五年に起きた阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件から三〇年の報道が目立つ。そして、日本のみならず世界中のメディアが年初めからトランプ米国大統領の言動に振り回されている感がある。  本書は二〇二〇年から二四年までの五年間、政治とジャーナリズムをめぐる、『琉球新報』と『東京新聞』の二紙に掲載した「定点観測」を再編集したものである。『見張塔からずっと メディアと政権の8年』(二〇一六年)、『愚かな風 忖度時代のメディアとメディア』(二〇二一年、いずれも田畑書店刊)の続編にあたる。三作品をとおして、二〇〇八年当時の自民党政権後三年ほどの民主党時代を除けば、ほぼ自民党政権・政治とジャーナリズムとの対峙と言っても過言ではない。  多岐にわたる対象への著者の想いが綴られていることから論評しにくい面があることは最初にお断りしておかなければならないが、実はクロノロジカルな本文に続く「附」にある「いま、なぜジャーナリズム教育か」そして「ジャーナリズムの拠点を構築するために」に本書の帰結としての意味がありそうだ。  言うまでもなく、ジャーナリズムは「いま(社会に)伝えるべきことを伝える」とか「権力の監視機能」的役割を付託されてきた。しかしながら、今世紀に入る頃からのネット時代では個人が発信する「多メディア」(デジタルメディア)、言論空間の飛躍的拡大(サイバースペース)が正に副題にある「揺れるジャーナリズムと軋む表現の自由」問題を醸し出している。  そこで、主観的であるが、本書でとりあげられている百項目近くのトピックを大別してみると、ひとつに法改正や立法、種々の規制問題をめぐるジャーナリズム、二つにそうした問題の報道・取材をとおしての政治的圧力や弊害の実態の提示と分析(著者が日本新聞協会出身であることも関係すると推測されるが)、そしてジャーナリズムの核とも言える公共性や言論表現の自由の在り方、メディアの意義とそれを取り巻く環境の変化をどう考えるか、になるだろう。  著者が指摘するジャーナリズムの揺れ(筆者は以前から「揺らぎ時代のジャーナリズム」と称することが多かった)について、「国策に反する異論を排除しようとする動き」として次の三点を指摘している。立法や行政に関して取材・報道の自由を制約する法律群が溢れはじめていること、それを補完するような行政の強圧的な姿勢と「恣意的な解釈変更」による行政執行、加えて規制に寛容な市民感情の表出とそれを後押しするような報道姿勢や情報流通環境があるという(以上、五七―六二頁)。  その背景にあるものと言えば、コロナ禍に限らず安倍政権あたりから、何でもかんでも「閣議決定」の政治を進める現実にジャーナリズムが嚙みつくことに躊躇しているように映る。忖度するメディアは本来の「番犬」として吠えるべき相手に懐柔されているようだ。新人記者が大学構内で逮捕される事件(「取材の自由」、六二―六四頁)などは所属する新聞社が謝罪することで済まされることではないはずだが……。  言論空間の拡大は個人の意見の自由な発信を促したが、他方それに乗じて権力による言論規制が侵攻(進攻)するのは歴史からも十分に読み取れる。ジャーナリズムが対峙する政権の動向(主に法制度の改変)のみならず、社会的インフラの表出(多様性)に直面するジャーナリズムは、誰が誰に、何を伝えるのか、といったときに、それは誰なのか――大衆、国民、市民――と問われるだろう。  コラムでも取り上げられているコロナ禍は人類にとって幾度目かのパンデミックに過ぎない。そこから、インフォメーション(情報)+エピデミック(流行)=「インフォデミック」(情報の氾濫による混乱)という造語が生まれ、いつの間にやら現代社会の根底に流れている。  コラム掲載の一紙が沖縄の地方紙ということもあって、沖縄が抱える問題――基地、戦争――「復帰五十年の沖縄報道」、「那覇市内の写真展中止」、「遠い戦争 近い戦争」といったトピックが目につくが、本稿を執筆中、米軍のイラン核施設空爆が始まった  本稿を締めくくるにあたり、グウィン・ダイヤー『戦争と人類』(月沢李歌子訳、池田嘉郎解説、ハヤカワ新書・二〇二三年)の一文から「人類は戦争を生み出したのではない。受け継いだのだ。だからこそ、やめることができる」――メディアにかかわる人々だけでなく、地球人全てに重くのしかかる言葉だ。(すずき・ゆうが=上智大学名誉教授・新聞学)  ★やまだ・けんた=専修大学教授・言論法・ジャーナリズム学。日本ペンクラブ副会長。著書に『法とジャーナリズム 第4版』『ジャーナリズムの倫理』など。

書籍

書籍名 転がる石のように
ISBN13 9784803804591
ISBN10 4803804591