2025/11/21号 7面

百人一瞬 Crossover Moments In mylife 88 芥正彦(小林康夫)

百人一瞬 小林康夫 第88回 芥正彦(一九四六―     )  これは「風神」あるいは「雷神」の図らい=命令であったのか、本連載残り僅かとなった今月はじめ、赤坂の劇場に糸あやつり人形一糸座の公演「風神雷神図」を観に行った以上は、その演出家・芥さんを呼び出さないわけにはいかなくなった。  なにしろ人形たちと舞踏する肉体たちとの「交差」の舞台。その劇の全体は、同時に、舞台の脇に陣取った音楽家の灰野敬二さんの絶叫する音楽と反対側の入り口に立つ芥さんの朗唱の激しい「交差」によって貫かれていたのだから。あえて振り分けるなら、灰野さんが風を巻き起こす「風神」、芥さんが雷を落とす「雷神」で、われわれ観客はこの二人の「鬼神」が発する「激怒」の渦のなかに突き落とされてしまうのだ。まさに荒れ狂う「風神雷神図」!だった。  実際、芥さんは、わたしにとっては、人生に落ちてきた「雷」のひとつ、いや、たくさんの「雷」のなかでも最大級の衝撃を与えてくれた、それ故、ほとんどわたしにはトラウマの存在。とはいえ、わたし自身に「雷」が落ちたことは一度もないのだが、「雷」は、直撃された者だけではなく、その周りにいる者にも強い影響を残す。  わたしが東大に入ったのが一九六八年。激動の時代だった。全共闘運動の嵐のせいで翌年の東大入試は中止。そのせいで、わたし自身は物理学者になろうとしていた夢を打ち捨てて文系に転換しようとしたら、二年間留年しなければならなくなって、暇ができた。そしたら七十一年の春だったか、先輩の詩人・芝山幹郎さんから「劇団駒場の芥さんが雑誌をつくるから君は編集を手伝え!」と言われて、「はい」と四谷の打ちっぱなしのコンクリート床が丸出しの芥さんの拠点に参上。それから数ヶ月にわたって『地下演劇No.4』(地下演劇社)の編集作業をした。  芥さん自身が描いた拠点内での混沌たる「バッカナル」の絵に包まれた、(頁が打ってないぞ!)厚さ二センチ半の『地下演劇No.4』。書棚の奥から取り出して奥付を見ると、編集人は「澤達生」となっているが、じつはわたしのこと。編集作業では、なにより大岡昇平さんの自宅にうかがって原稿をいただいたことを鮮明に覚えている。ついでに言えば、この雑誌に、わたし自身も(実名で)一篇の詩(「無心伽藍」)を忍び込ませていて、そこには「透明な飢えに地上は蒼醒め/光のなか 風は倒れる/炎える鉱水を飲み/干し掠奪しに/行くのだ/愛を」などと書きつけている。その一冊は、わたしにとっては「六八年」という時代の激しさを凝縮したアルバム、いや、モニュメントなのだ。  だが、その「時代」が追いかけてくる。赤坂レッドシアターの受付には、なんと『地下演劇No.7』(スローガン発行)が山積みになっているではないか。しかも判型はより大きく厚さは五センチ(ちゃんと頁はあって九二八頁!)、わたしがつくったNo.4の優に倍のヴォリューム。今夜はこれを抱えて帰らなければならない。  半世紀という時間を超えて、時代を超えて、「雷神」は、「ホモ・フィクタス」は、追っかけてくる。時代の「激怒(furor)」が迫ってくる。  終演後、ホールの出口には芥さんが立っていた。出る一瞬に、目と目をかわし、おたがい手を差し伸べて握手をした。  わたしは半世紀前の「雷神」と手を握りあったのだろうか。  「時代」という「風」がどこまでも吹き渡る……激しく懐かしい赤坂の夜であった。(こばやし・やすお=哲学者・東京大学名誉教授・表象文化論)