雪の如く山の如く
張 天翼著
泉谷 瞬
立立、粒粒、瀝瀝……漢字表記こそは異なるものの、みな「リーリー」と呼ばれる女性たちを描く本書は六つの小説で構成されている。といっても連作形式ではなく、それぞれまったく独立した物語である。「リーリー」たちの年齢や具体的な立場も様々だ。だが不思議なことに、収録された各短編はまるで連作であるかのようにお互い響き合う力を持っている。中国において「麗」はありふれた名前であるらしく、本書の「リーリー」は現代中国に生きる女性たちが直面する多くの状況を担わされているのだろう。それゆえに、「リーリー」たちを描くことは自然と連作形式のようになってしまうのである。
「リーリー」たちに共通するのは、女性という立場を引き受けることによって生まれる苦痛や抑圧だ。一例として最初の短編「ただ座りたいだけなのに」を取り上げよう。本作は、大学生の立立が帰省のために長時間の満員電車に乗り込む様子を切り取っている。混雑する車内で立立は横暴な男に座席を奪われ、親切にしてくれると思われた男性車掌からも性的な被害を受ける。「ただ座りたいだけなのに」という彼女の素朴な願いは、この空間において実現不可能な難題として現れる。
もしかすると日本でも、都心部の通勤電車で似たようなやり取りは見ることができるかもしれない。ただし、これを乗客同士の単なる小競り合い――大したことのない日常と受け取るべきではない。「ただ座りたいだけなのに」それが果たされないのは、彼女が人間である以前に「女性」という有標的なジェンダーをあてがわれ、その属性によって扱いを判定されているためだ。しかし百歩譲って、このエピソードをやはり大したことのない日常に過ぎないと処理してしまうのであれば、そんな日常を生きざるを得ない女性たちにとって、この社会があまりにも酷薄で不公正であり続けていることを逆に証明するようなものだろう。本書はこうした日常風景から始まり、生理や出産といった身体的な状態にもとづくもの、あるいは壮年期以後の女性に訪れる葛藤や無念などが次々と折り重なっていく。
「リーリー」たちの苦難と並んで印象に残るのは、男たちの振る舞いだ。プール内でわざと女性の身体に触れようとする痴漢、若い女性店員にセクハラを行う男性客など、自らの言動を恥じる能力を喪失したかのような、救いがたい男性陣が本書にはたびたび登場する。「リーリー」たちを苦しめる要因の一つが彼らの素行にあることは間違いない。
しかし、すべての男性が記号的な悪役として配置されているわけでもない点には注意したい。最後の短編「年始の挨拶」では、大衆的な文化を見下し、妻や幼い娘に格式の高い教養を押し付ける傲慢な夫が登場する。年齢としてもまだまだ若い層に入ると思われる彼が何故、時代錯誤で家父長的な心性を抱くに至ったのか、後半ではその背景が示唆されている。ここで彼に同情するわけではなく、ほのめかしに留めているところに作者の絶妙な筆力が窺える。
女性をはじめとした多くの人々が苦境に陥っている事実に対する明確な解決策や答えを、本書が提示するようなことはない。文学である以上、それは当然だ。その代わり、性の不均衡を無化するかけがえのない一瞬が浮かび上がることもある。窒息寸前の苦痛が遍在する本書の中で、二つ目の短編「スイマー」はまさしく呼吸のできない水中=プールを舞台としながらも、その息苦しさを反転させる驚異的な場面を結末にて抽出している。作者・張天翼はあとがきでこのように述べていた――「脱ぎ去ることのできない隠れた痛みは、気づかないふりをしようとも、永遠にそこにあってもう無視することはできないのだ」。確かに、本書には「リーリー」たちを襲う無数の痛みが張り巡らされている。隠された痛みを積極的に掘りあて、認識する役目は読者のものだ。だが同時に、「リーリー」たちが人生のどこかで感じたであろう喜びの一瞬も本書には溶けこんでいる。その両方から目をそらさないでおきたい。(濱田麻矢訳)(いずたに・しゅん=近畿大学准教授・日本近現代文学)
★ジャン・ティエンイー=中国天津生まれ、北京在住の作家。本作は中国最大読書サイト「豆瓣」の二〇二二年国内フィクション部門第一位となった。
書籍
| 書籍名 | 雪の如く山の如く |
| ISBN13 | 9784087735369 |
| ISBN10 | 4087735362 |
