2026/05/29号 1面

対談=田中秀臣・片岡剛士<これからの日本の成長戦略を問う>トークイベント「経済時論2026――世界経済、高市財政、日銀……その行方を考える」載録

対談=田中秀臣・片岡剛士 <これからの日本の成長戦略を問う> トークイベント「経済時論2026――世界経済、高市財政、日銀……その行方を考える」載録  4月24日(金)、イベントスペース「読書人隣り」にて実施した、田中秀臣・片岡剛士トークイベント「経済時論2026――世界経済、高市財政、日銀……その行方を考える」。  経済学者の田中氏と、PwCコンサルティング合同会社上席執行役員・チーフエコノミストの片岡氏が、これから高市政権が打ち出そうとしている経済政策の本質を多角的に検討。両氏による白熱のトークの模様を載録した。(編集部)  田中 私と片岡さんが出演している朝のラジオ番組「おはよう寺ちゃん」(文化放送)の今週の私の出演回で今回のイベントの告知をした際に、「質問を受け付けます」と言ったところ、事前にたくさんの質問をいただきました。なかなか充実した内容のものもありますので、後ほど紹介していこうと思います。  で、本題に入る前に最初は近況から。片岡さんは最近どうですか?  片岡 毎日生きるのに精一杯です(笑)。  田中 それは私も一緒です(笑)。  片岡 「おはよう寺ちゃん」出演日にかぎらず、毎日朝5時くらいに出発する生活をしています。  田中 じゃあ、毎日が「おはよう寺ちゃん」状態だ。  片岡 貧乏暇なしではないですけど。今週は第4回社会保障国民会議有識者会議と第4回日本成長戦略会議、あと日本成長戦略会議の中の第3回労働市場改革分科会がありました。このように毎週1つか2つぐらい政府所管の会議に出席しています。  田中 今回の日本成長戦略会議で高市早苗総理が「リミッターを外す」発言をしたじゃないですか。片岡さんはXでその発言を肯定的に後押しするコメントを書いていましたね。  片岡 日本成長戦略会議では「戦略17分野」を定めて、その分野への優先的な投資を決めていますが、一方で各分野への投資金額に上限を設けるとか、財源をどう捻出するのかという話が、多方面から浮上しています。そのなかで総理自ら、「国力を徹底的に強くするため(中略)政府全体として、リミッターを外して」といきなりおっしゃったので、出席していた有識者、議員全員が驚きました。  田中 社会保障国民会議発の話題などを傍から見ていると、なんとなく財務省的な発想が臭ってきます。簡易型の給付付き税額控除の提案にしても、あれは給付付き税額控除ではなく、要するにただの給付です。それだと低所得者層限定みたいな建付けにしやすいし、それを早めにやるために消費減税は飛ばすみたいな話がまことしやかに流れてきていて、なんとなく緊縮っぽい動きがあるわけです。そういったなかで高市さんの口からリミッター発言が出たのは、なかなか面白い展開です。  片岡 とても象徴的な発言だと思いました。  日本成長戦略会議は毎回総理による発言で締めくくられます。大枠は事務方が用意したものを読まれながらも、ところどころ「これは絶対に本人が書いている」とわかる発言があり、私は毎回そこに注目しています。それが今回の会合ではリミッター、その前の会合では「日本成長戦略の下での国内投資の伸び全体を定量的に明らかにする」です。しかも極めて具体的に、GDP(国内総生産)の伸びや税収増への寄与、債務残高対GDP比の見通しなどを示す試算をやってくださいとおっしゃったので、これにも驚かされました。  田中 よく、政策通と言われる人がいるじゃないですか。その実態は、要するに官庁の希望を代弁する役割の人なのだけれども、ここまで具体性のある政策的発言をする総理大臣は、安倍晋三元総理以来のような気がする。  片岡 前総理の場合だと、具体的な政策は官僚のペーパー頼みでしたよね。マスコミもそのペーパーに頼ることができたから、メディアの人からの人気はあったし、ご自身も「~ねばならない」とそれっぽいことを言って何かをやったつもりになっていらっしゃったけれども、結局は何もできなかった。一方、高市さんは自らプランニング出来るから、官僚からペーパーが出てくる前に総理自らペーパーの準備を済ませてしまう。そこが以前の総理たちとの最大の違いだと言えます。  それゆえ、いわゆる政策通の記者やジャーナリストの方というのは、今はあまり仕事がないんだと思います。これまでのように官僚にくっついて政策案を聞いたところで、総理がそれを根底から覆してしまうかもしれませんから。そういう意味でも、これからはそういった政策通の人から情報を得るよりも、経済政策で言えば教科書的な知識をしっかり学んでおく方が大事で、それがわかっていれば、この先、高市政権がやろうとしていることもおのずと理解できます。  田中 元弁護士や元公務員の政治家が大勢いるなかで、教科書的な経済政策というのは受験勉強、公務員試験や司法試験を通じて学んでこられたはずだから、それ自体をわかっている人たちはそれなりにいるはずです。しかし、その知識を現実の政策の場に応用するという発想になかなか至らず、官僚からの〝ご説明〟を最先端なものだと理解して、それを喧伝するというのが今までのありがちな話でした。そういった政治家たちと高市さんはちょっと違いますね。  田中 私が初めて会った国会議員というのは、実は高市さんで、2001年のことでした。当時の高市さんは緊縮志向の経済政策観の持ち主で今とまったく別人でしたが、それを思うと、今に至るまでものすごく勉強してこられて、大きく変化された。そのための努力が実を結び、政策を自分の言葉で言えるのです。それ自体は当たり前のことなのだけど、そうした当たり前の政治家が国のトップにいることに対して、マスコミがきちんと評価できない構造になっているのは、とても情けないことです。  片岡 おっしゃるとおりです。高市政権に対して様々な批判がありますが、経済政策においては責任ある積極財政によって際限なしにお金を使うのではないか、という軸の批判ばかりです。しかし、もっと本質的な批判、果たして高市政権が唱える成長戦略で本当に成長できるのか、違うと言うなら具体的に何をどうすればいいかといった指摘をしていただきたいのですが、それができない。批判する側の限界を露呈しています。  私が高市さんに初めてお会いしたのは10数年前のアベノミクスが開始した頃で、その当時は小泉純一郎さんや竹中平蔵さんらが掲げていた規制改革路線に傾倒していらした。なので、リフレ政策の説明を私が行っても反応は良くありませんでした。しかし、石破政権誕生の少し前ぐらいのタイミングでお会いしたときは大きく考え方が変わっていて、マクロ経済に対する理解度がものすごく高まっていた。そういう意味で私は、高市さんのことをプラクティカルな政治家だと評価しています。  現在の高市さんの政策観というのは、危機管理や安全保障、国際関係といった議論と経済政策が体系的に結びついて、それ自体が正しいかどうかは別にしても、今後取ろうとしている政策のロジックがすでに組み上がっている。それは高市さん編著の『国力研究 日本列島を、強く豊かに。』(産経新聞出版)を読むとよくわかります。  田中 同感です。あの本は多分野における最先端の知見を、プラクティカルな発想でまとめたもので、あれを読むことで高市さんが大きい意味での経済安全保障に対する理解を深めていることがわかります。  先日来日したオリヴィエ・ブランシャールが、21世紀の初めにロバート・ソローと一緒にプラクティカルなマクロ経済学とは何なのかを検討し、その時に出た答えが教科書的なIS―LM、AD―AS分析だったのですが、高市さんのマクロ経済の見方もそれに基づいています。そこに安全保障などの議論を交えて、マクロ経済を広義の意味のリスク管理の一環として捉える発想を持っている。この高市さんの構えというのは、実は石橋湛山的だともいえて、プラグマティズムの影響を受けていた石橋は、政治と経済を哲学的なところにまで結びつけていましたし、小日本主義のような植民地放棄の提言も、実際はプラクティカルな発想に基づいている。そう考えると、高市さんは湛山的な発想の延長にある政治家と言えるかもしれません。  田中 最近出た片岡さんが携わっている『産業融合 インテリジェンスから解く分断・統合・再興』(PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence著、ダイヤモンド社)は、高市政権の成長戦略と密接に関わるテーマの一冊ですよね。  片岡 この本は実のところ、たまたま高市さんの政策と重なっただけで、元々はまったく違う目的で作りました。  田中 テーマ的に明らかに今の成長戦略を意識しているように見えますけれども。  片岡 そう見えますよね。本書は私がリードしているPwC Intelligenceの出版企画の第3弾で、去年の4月頃に、前2冊でやらなかった産業構造を論じようということで企画を出しました。日本成長戦略会議へのメンバー入り要請は去年の11月ぐらいにいただいたので、狙ってどうこうしたものではないことがおわかりいただけると思います。  本書の序章は私が執筆しましたが、これは嶋中雄二さんをオマージュしたものです。嶋中さんの長期、中期、短期の景気循環の間には一点で重なるゴールデンサイクルに今まさに直面しているという経済の見立てに、私は経済以外の様々な局面でもゴールデンサイクルを迎えていて、今が節目の、変化の時なのだ、ということを書きました。  田中 なるほど。  片岡 私がこういうことを書こうと思った理由はいくつかありますが、ひとつは日本の経済学者、エコノミストの方々は国債の利回り云々といった短期の話ばかりするけれども、世の中の状況が変わってきているのだから、短期の話だけではだめでしょう、と。もっとオーバービューを示しながら議論する方が今は求められていて、その点、私の先輩の嶋中さんや昨年亡くなった森永卓郎さんは現状に対して何かしらのテーゼを打ち出してこられた。そうした私を育んでくださった方々に対して、私なりに今の知見、目線で何かしらのリプライをしたいという思いがありました。  それからもう一点、私がさらに重要だと考えているのは次のような見立てです。戦後から2000年代ぐらいにかけてというのは、それこそアラン・グリーンスパンの「マーケットの動向を見ていれば世界の動きがわかる」発言が象徴しているように、各国政治や地政学、テクノロジーなどの要素を考慮せずとも、株価や市場の動きさえ追っていれば世の中の大体のことは説明できると考えられていました。  しかし、今の時代は経済的知見によって現実世界を見通せる影響力が相対的に落ちてきているし、自由主義の価値も実際の国家間の関係において徐々に失われてきています。そういった現状に対して、産業政策や国柄をどうしたいのかといった大きなビジョンを示しつつ、経済を見ていく必要があるのではないか。  もちろん、そうした設計主義的な発想に対して、伝統的な経済学者の方々から批判をいただきますが、私自身、そういった批判があるのは100%承知した上で言及しています。それこそ今は、アメリカ中心の国際統合の仕組みから、帝国主義時代のパワーポリティクスのようなものが働く国際環境にシフトしつつあり、教科書的な市場の自由主義礼賛で対応できる時代は終わったという認識がありました。そこが『産業融合』の発想につながっています。  田中 4月11日に同志社大学で行われた日本経済思想史学会の国際シンポジウムでも「産業」という切り口が争点のひとつになりました。日本の経済学史の中で産業論が注目されたのは大体19世紀の終わり頃。同志社大学で最初に経済学を教えたW・ラーネッドというプロテスタントの牧師の本の中で初めて「産業」というものが独立した章として出てきました。それまで「産業」という言葉は日本語として定着していなかったのです。  その後、東京商科大学(現一橋大学)の福田徳三が「キャプテンズ・オブ・インダストリー」(=産業界のリーダー)育成の必要性を説くなど、20世紀の初め頃にかけて産業論が日本の中で独立した概念としてより積極的に取り上げられます。そもそもこの時代というのは、第一次大戦などの総力戦により世界のパワーポリティクスの構造がイギリス、欧州中心からアメリカ中心にシフトしていたタイミングです。当時力を持っていたマンチェスター学派のような新自由主義的な発想のもと個人や家計、企業の経済動向を見ているだけでは国際政治の構造変化に耐えられなくなった。だからこそ、一国経済の動きと密接に結びつく産業に、世界中が着目するようになったのです。  後年には、ヨーゼフ・シュンペーターがイノベーションという考え方を持ちこみ、盛衰を繰り広げる産業の中におけるイノベーターが非常に価値を持つようになりました。イノベーター、あるいは福田のいう「キャプテンズ・オブ・インダストリー」がどのような存在かというと、要はリスク管理に長けた人です。リスク管理に長ずるためには、経済を核にしつつ、政治や軍事などの多分野にわたる幅広い知識、教養を兼ね備えていないとならない。当時、あるいは現在のような時代の変わり目には、このようなリスク管理に長けた人が求められるのです。  片岡 幅広い知見、教養はもちろん大事です。その上で、現状求められているのは、それをどう具体化するかという観点ではないでしょうか。  例えばエネルギーについて。まさに今、中東で戦争が起きたことにより、エネルギーの取り合いが生じています。これまでの平和な状況下における経済学的発想では、輸入価格を上げさえすれば入れることができたので問題ありませんでしたが、今はそれができない。だからこそ、戦争の対立状態を前提にしつつ、他方で合従連衡のような形で、偏在しているエネルギーをいかに効率的に輸入するか考えなければならない。  同じ話がAIについても言えて、結局のところ、AIをより稼働させるためにエネルギーを使いますから、両者は密接に結びついているのだけれども、エネルギーがチョークポイントを握られると、結果的にAIを使った産業育成がままならなくなる。  あるいは、AIを発達させる上でAI学習用のデータが必要で、そうなるとたくさんの多様なデータを確保しなければならず、日本の場合、人口が減少していく一方なので、多様性の確保が難しくなっていきます。そうなったときに、エネルギー同様、他の国といかに合従連衡して多様性を確保していくか。このような発想が、この先の日本経済を拡大させるためには必須になってきます。  こうした産業構造のあり方というのは、単一あるいは合従連衡のいずれかを選択することでまったく違うものになります。このあたりは三国志的ともいえて、仮に単一を選んで今は調子が良いとしても、将来はどうなるかわからない。そう考えると、いま日本はあまり調子が良くありませんが、他国との合従連衡をうまくはかっていけば、もしかしたらこの先勝ち目が出てくるかもしれません。だからこそ、今の国際環境を見定めつつ、技術的な進歩の流れをどう読んでいくかがカギになるのです。  田中 なぜ企業単体ではなく産業ベースで考えなければならないかといえば、企業単体ではリスク分散がどうしても弱くなるからです。だからこそ、産業という容れ物の中でリスクを分散化させていく必要があるわけで、その意味で産業融合というのはリスク分散のひとつの手法だといえます。  そういった器としての産業に注目しつつも、現政権の成長政策で考えなければならないのは、旧来型の産業政策批判ですよね。  産業政策というのは、当たれば大きいけれども、大体は外れるので、基本的に宝くじと同じものだと私は思っています。そして、今まで成功した産業政策というのは、すべて産業保護政策で、要は過去に成功したものに政府がお金を出して支えている構図です。どうして政府がそういったところにお金を出すのかというと、その産業は過去の栄光があるがゆえにいまだにそこそこの力を持っていて、つまり政治的にも票になる。これが、日本の産業政策の実態です。そして、そういった旧来型の産業政策のあり方をこてんぱんに批判していたのが、この4月まで日銀審議委員を務められた野口旭さんです。  片岡 そのような既得権益とどう戦うか。特定の企業、特定の業界が政府にたかる構図をいかに仕組みの力で脱却させることができるかが、今後の成長戦略のカギを握っていると思います。  田中 既得権益と戦うために、あえて経済に寄せて言えば、縮小したマクロ経済の限られたパイの中で分配を奪い合うと既得権益との争いがハードになりますから、マクロ経済を拡大させてパイを大きくさせる必要があります。そうなれば、向こうに花を持たせつつ、こちらも得るものは得られるので、分配がそれほど厳しくはならない。  ここで高市政権における産業政策の考え方を見ていくと、従来のものとはちょっとコンセプトが異なり、競争政策的な発想をブレンドさせて、競争がうまくいくようにキャッチアップ型の市場環境を政府が率先して作ろうとしています。こういった産業政策を志向する背景として、中国政府が膨大な補助金政策をしている産業と競ったところで負けるからで、そういった産業に対して日本政府も積極的に補塡して、中国と競えるようにしたいという狙いがあります。  高市政権誕生以降、コストプッシュ要因による物価上昇がおさえられ、いよいよこれから本格的なインフレの時代に突入していき、そこではじめて今の日本に何が足りないか、どこを伸ばしていくべきかが明らかになるはずでした。ところがその矢先に中東危機が起きて、当初のシナリオが狂ってしまい、話がより複雑になってしまった。  片岡 そのような難しい局面を考える上でも、産業融合というアイデアは多様な見方を提示してくれます。そして、産業と融合させるものとして必ず出てくるのはAIやデータなので、私は産業融合を垂直統合的ではなく水平分業的なイメージで捉えています。  そうした発想のもと、この先、日本はどこを伸ばせば世界的なイニシアチブを獲得できるか。ひとつ言えるのは、日本はAI分野で世界一を目指すべきではないというのが私の見解です。AI分野はあくまで最先端を走っているアメリカや中国をキャッチアップしていけばいい。そして、AIを起点にした日本独自の産業やサービスを展開していった方がよいだろうと考えます。  片岡 今後の具体的な成長戦略を考える上では、なぜこれまでの成長戦略が成功しなかったのかということも合わせて見ていくべきでしょう。理屈はいろいろ考えられますが、ひとつに今後の日本をどうしたいのかということを真剣に検討してこなかったからではないでしょうか。  今回のように中東戦争が起き、エネルギー価格高騰という展開になると、決まって二度の石油ショックによる大インフレの話題が浮上します。そうなのであれば、同時期に田中角栄さんが推し進めていた「日本列島改造論」も一緒に考えるべきではないか。高速交通網を整備し、太平洋ベルト地帯に集中していた産業を日本全国に分散させていったことで、この時代に日本の産業政策が花開いたわけですが、こうしたグランドビジョンを持って、どのような国家を作っていくのかという話をセットにしないまま、括弧付きの〝成長戦略〟を唱えるだけでは日本は絶対成長できません。  そういう意味でいうと、今の高市政権に欠けているピースというのは、日本の国柄をどうしたいのかというビジョンが打ち出されていないことでしょう。その具体像を示すことがこれからの成長戦略の一つの課題なのかなと思います。  田中 いま片岡さんは田中角栄の「日本列島改造論」を軸に田中のグランドビジョンの例を示されましたが、もう一つ見ておかなければならないのが、社会保障制度も猛烈な勢いで推進させたということです。当時一般的だった「日本は将来、過剰人口を抱える」という前提のもと、田中は国民皆保険の整備に着手したわけですが、こういったところにも先見の明があったといえます。  このように、グランドビジョンというのは当たれば大きいのだけれども、外れたときの影響もまた甚大です。  片岡 だから、打ち出したグランドビジョンというのは、普段からの点検が必要なります。同時に、政権の継続性といったものも大切でしょうね。  ところで、アメリカや中国の今の状況というのは、全ての産業が成長しているわけではありません。どちらかというとAIなどの最新テクノロジーにベットしている一方で、アメリカの場合、自前で造船ができないほどに製造業が衰退しています。こうした自国の衰退した製造業を手っ取り早く再生させるべく、トランプ大統領は経済学的に見て非合理な関税引上げ策などを取っているのです。レベル感は異なるものの中国も似たような状況だと言えるでしょう。  では、日本の現状はどうか。デフレの影響もあって日本の最終財は崩壊したものの、一方でいわゆる上流から下流にかけて産業構造はまだつながっています。それから化学産業における最終財の手前の原材料の加工には比較優位があり、工学系も含めた一般機械、電気機械系の部品群の加工にも強みがありますから、今ならまだ十分に取り戻せる可能性があります。  だから、アメリカや中国がやっている特定産業への振興といった考え方にインスパイアされつつも、それぞれの産業構造をいかに結ぶか。これがこれからの成長戦略を検討する上での前提となります。同時にそれを支えるのがエネルギーと投資、インフラ、そして景気の安定といった政府が関わる要素ですから、そういう意味でもいかに国家戦略を打ち立てるか、ここをさらに練り上げていかなければなりません。  田中 そうなってくると、政府と民間の意思疎通は非常に重要になりますね。加えて、人材の交流ということも、今後はより活発にさせるべきでしょう。  片岡 人材の交流という点では移動の自由化が必須で、そのためにもさらなる交通網の整備が求められます。あるいは労働市場という観点でいえば、この先の人口減少に伴い、もっと兼業を容易にして、限度はあるものの個々人の裁量で働けるような仕組みを構築し、人々が様々なペルソナを持てるような社会にしていかなければならないだろうと思います。それができないかぎり、マンパワーが必要な産業は詰んでいく一方です。設備投資の面ではテクノロジーの力を用いつつ、それでも足らないところは人の移動をより活発化させる。そういった視点を持つこともとても大事です。  田中 このあたりで事前にいただいた質問にも答えていきましょうか。まずは「高市政権の経済政策の良い点と改善点(ポジ出し)をご教示ください」。片岡さんはどうお考えですか?  片岡 高市政権の経済政策の良い点……全てはこれからですからね。これは良い点というか高市政権の特徴として私が理解していることで、誤解されがちな「責任ある積極財政」の本質は、効率的に財政を打っていくということだろう、と。それこそ、無駄な公共投資にお金を費やしたところで、成長は見込めず金利だけ上がってしまうのは望ましくないので、お金を使った分以上に経済成長させる。ドーマー条件を満たすという意味での効率な財政政策をとっていこうとしているのだと思います。  では、改善点(ポジ出し)は何かといえば、本編でも申し上げましたが、果たしてこの経済政策で本当に成長できるのか。ここが最大のツッコミどころですね。ですから、私から皆さんにお願いしたいのは、成長戦略会議の資料に目を通していただき、ご自身の関連する分野の議論で問題だと思われるものがあれば、ぜひツッコミを入れていただきたい。そうしていただくことで、高市政権の成長戦略はより精度の増したものになっていきます。  田中 私が考える改善点は、戦略17分野になぜコンテンツ産業が含まれているのかということ。既存のクールジャパン戦略を総括しないまま、また新たに予算を付けて政府が関与しようとしている。それこそ、クールジャパン機構というのはさんざっぱら赤字を出していて、たびたび潰そうとしたもののなんだかんだ延命させて、その上でいろいろなものと統合させているから、ただ焼け太りさせただけです。政府が一回でも何か作ると、完全にチャラにすることはできない、その典型ですね。  片岡 たしかに政府がこの分野に積極的に介入するのはどうかと思う一方で、例えばアニメ市場におけるアニメーターの待遇改善というところでの介入の余地があるかもしれません。  田中 でも、アニメーターの待遇改善を持ち出したら、全ての産業、あるいは全ての企業の待遇の悪い人たちに対して政府が介入しないと、政策の整合性が取れません。なので、アニメーターだけを優遇するのはやはりおかしい。それなら、給料を上げなければ人が集まらないような構造にすればいいだけです。そうすれば、ブラック企業のようなアニメ会社は潰れざるをえませんから。仮にそれが実現できなかったら、近年非常にレベルが上がってきた中国のアニメに日本のアニメは早晩完全に負けるでしょうね。  片岡 私が日銀にいたときにテンセントに企業訪問しましたが、あそこは自前でお金を出して、漫画家育成をしているんですよ。私が訪問した当時は、まだ「ドラゴンボール」のミニ版みたいな作品ばかりでしたが、そういうものをひたすら練磨していき、やがて瓢箪から駒のようなヒット作が出てくることを狙っていました。  たしかに、アニメそのものを政府が振興したところで、あまりうまくはいかないだろうと思います。ただし、アニメコンテンツをひとつのネタとして、そこからビジネスに結びつける。そのための起爆剤にすれば、案外当たるかもしれません。  コンテンツ産業を含めた成長戦略17分野というのは、おそらく全てが成功をおさめることはないでしょう。たとえそうだとしても、日本の場合、政府が率先してやらなければいけないとも思っています。その背景には、アベノミクス以降、デフレからは脱却したものの、2%のインフレ目標はまだ達成しきれていないような今の経済動向にあって、私が日銀にいたときに金利を下げる金融政策やればおのずと経済は活性化していくだろうと考えていましたが、想定以上に企業が設備投資に動きませんでした。結局のところ、政府が企業に1兆円規模のプロジェクトを提案しても、今の日本でそれを実行できる企業は片手で数えるほどしかなく、そういった現状をどう捉えるかなのです。  もちろんこの先、日銀が異次元ほどではないにしても金融緩和を継続して、企業の側が率先して設備投資をしてくれるのであれば、それに越したことはありませんが、現実問題、そううまくはいかないでしょう。そうなった時に、政府の成長戦略を呼び水として企業の設備投資を促していくことをしていかないと、将来の生産力が失われてしまいます。現状、そういう過渡期にあるなかで、投資先として何を選択するかも重要ですが、自ら何かをやろうという人が日本にあまりいない以上、なんでもいいからまずやってみましょう、という姿勢を示すことも重要なのだと思います。  田中 政府のお金の使い先として、私はもっと教育に投資したほうがいいと真剣に思っています。直近のニュースでもありましたが、財政制度等審議会が将来的に私立大学や地方大学、大学職員数の削減を目指すと言っている。地方の大学というのは、偏差値的にはそこまで高くはないけれども、そこには親が都会に行かせない地元の優秀な学生も結構いて、そういった人たちの受け皿になっている側面もあるわけです。そういった大学現場の実態を知らない財政審の人間が、単に入学者が足りないという点だけを切り取って、地方の大学を削減する政策をとったら、地方の優秀な若い成長の芽を自ら摘んでいくことになります。  政府の役人が大学現場の実態を知らないのは相変わらずで、これまでにも特定の大学を優遇したがために、予算不足で日常的な消耗品ですら自由に買えない大学が無数にできてしまいました。それが嫌で、優秀な人材が中国や香港の大学に行ってしまう結果を招いているので、もっと大雑把にどんぶり勘定で予算を配ればいいのだけれど、政府からそういった発想は出ないよね。  片岡 ちなみに、今回の成長戦略会議で高市さんは、AI関係や新しいテクノロジーに類する研究をしている大学や研究機関に対しては、どんどん振興するように、ということはおっしゃっていました。  田中 今の若い人たち、特に理工系の学生たちは海外志向が強く、アメリカやヨーロッパの大学でも高く評価されています。だからこそ、今の高市さんの発言に加えて、若い人たちがもっと海外に行きやすいような仕組みを作っていくべきです。今も留学生向けの振興策はあるけれども、必要以上に書類を書かされる制度だから、学生にとって非常に使い勝手が悪い。ここもやっぱりどんぶり勘定で予算をおさえたほうがいい。  若い人にお金を使うことの最大のメリットは、一番リターンのいい投資だからです。たとえ、海外に出てそのまま定住してしまったとしても、そこで何か新しいイノベーションを発揮してくれれば、やがて日本にも恩恵が返ってきます。近年ノーベル賞を取った海外で研究している日本の方々を見てもそれがよくわかります。そして、そういった人たちは90年代のどんぶり勘定予算で業績を上げた人たちなのです。  高市さんは去年の補正予算や今年の本予算で大学への支出を多少の増額はしてくれたけど、それはただの物価高対策でしかありません。本当に振興したいなら大学への予算をもっと潤沢に出すべきです。あとは、若い人たちが海外で学位を取りやすいようなシステムをもっと作ってほしいですね。  今の話に関連した質問ですが、「今後の金融政策や財政政策が若者、女性、高齢者、障害者の雇用に与える影響について」。片岡さんのご意見をお聞かせください。  片岡 少なくとも言えることは、この先、若者の価値は下がらないということです。将来景気が悪化しても、人手不足という状況は変わらないでしょうから、若者の価値も変わらない。問題は、上昇し続ける若者の価値に対して、企業が十分な賃金を供給し続けられるのかどうかです。  それから、女性、高齢者、障害者の方々というのも、人手不足の状況において確実に価値が上がります。これからの日本は労働力人口の減少が予想されていますから、働きたいと思っている人がちゃんと働けるような環境にしないと、社会は回らなくなります。  その上でポイントは、どうやって働くのか、ということだと思います。いま申し上げたように、人手不足状況において人の価値は上がり続けますから、それを踏まえて変な条件で働かないようにするということが大事で、いい意味で自分を高く売っていく。特に若い方に関しては、キャリアデザインも含めて、自分をいかに高く売るのか。そして先々を見越して、自分の好きなことを、集中力をもって育んでいくということが大事になるだろうと思います。  ★たなか・ひでとみ=上武大学教授・経済学者・日本経済思想史・日本経済論。著書に『脱GHQ史観の経済学』『ご当地アイドルの経済学』など。  ★かたおか・ごうし=PwCコンサルティング合同会社上席執行役員・チーフエコノミスト。日本成長戦略会議有識者メンバー。著書に『日本経済はなぜ浮上しないのか』『アベノミクスのゆくえ』など。