観る技術、読む技術、書く技術。
北村 匡平著
北條 一浩
読み進めながら「どうなのかな、そう考えていいのかな」と懸念していた事があったのだが、それはあっさり216ページで氷解した。著者は「今回ビジネス書を書くことになったのも……」と「あとがき」で書いていて、そうか、ビジネス書と受けとめていいのだな、と安心したのである。
というのも、私は書店でビジネス書の一角に行くことも買うこともなく――それはビジネス書というものは即効性とハウツーと、ある種の精神論でできあがっているという先入観(偏見)があるからなのだが――本書はそれとぜんぜん違うからだ。ではいったいこの本はなんだろう。批評? そうとも言えるかもしれないけどやっぱりビジネス書と呼ぶしかないのではないか……ともやもやしていたのが消えたという次第なのである。
本書の大きな特徴の一つとして、「読む」「書く」と並んで「観る」技術について書かれている点が挙げられる。「読書」という言葉が示すとおり、「読む」「書く」は対応関係にあり、書けるようになるためには読まなければならない、他人や先人の書いたものばかりでなく、自分が書いた文章も何度も繰り返し読み、読んで精査するからこそ書き直してアップデートできる、と言われれば多くの人は納得するだろう。しかしそこに今度は「観る」と来た。どうして「観る」が関係あるのか。
「観る」技術についての具体的な解説と実践方法はぜひ本書にあたっていただくとして、なぜ「観る」技術なのか、その理由を著者の言葉から引用しよう。
【いまやYoutubeや動画配信サービスなど、かつてないほど人びとは映像を「観る」ことに取り憑かれている。私たち現代人は、パソコンやスマートフォンから、電車内のデジタルサイネージまで含めれば、誰もが「スクリーンだらけの社会」に生きているのです。(中略)こうした営みを別々に扱うのではなく、「読む」「書く」「観る」をひとつながりの知的活動として捉えるのが本書の特徴です。現代の子供は本を読むのと同じくらい、いやそれ以上に映像を観て育つといってもいいでしょう。】
私ごとながら、11歳になる娘も、いちおう学校図書館から本を借りてはくるものの、こちらから注意しなければいつまでもタブレットで映像ばかり見ている。そんな日常に危機感を持ちながら、単純に「本を読みなよ」と促すことの無力さを痛感している身としては、「ひとつながりの知的活動として捉える」視点を、やや大げさにいえば救いのように感じ、今こそ必要な技術だと考えるわけなのである。
私が考える本書の新鮮さとして、そもそも「観る」とはどのような行為なのか、「読む」とは?「書く」とは?という根本を論じながら、同時に具体的なツールを多数挙げ、著者自身がどのように活用しているか、製品名まで出して紹介している点がある。文献管理のためにどんなスキャナーをどう使っているか。「読む」時間を助けてくれるブックスタンドやブックストッパーなどは写真付きで公開し、「書く」際のモニター環境に言及する。これらは読者がいますぐ導入を検討できる内容として非常に参考になる。
そして本書を読んでうれしかったことが3つある。「アナログ」「体を動かすこと」「偶然」だ。この3つもやはり「ひとつながり」。著者は、デジタル技術の利便性の高さをじゅうぶん認めたうえで、例えば手書きのフィールドノートですばやくメモしたほうが、スマホでメモするよりもリアルタイムで有効なことや、アイデアに行き詰ったときに手書きで線を引くなどの動作、そして散歩で体を動かすことでひらめきが降りてくる可能性が高まることなど、実感のこもった証言には説得力がある。
そして技術について書いた本だからこそ、けっして技術に乗っ取られてしまうのではなく、予期せぬ出会いをもたらす「偶然性の回路を意識的に組み込む」ことの重要性を強調している点が信頼できる。私にとっては、どこよりも好きな場所である書店に行って本棚を見ること、そこで「こんな本があるなんて」と驚き、買ってみたりすること、つまりはいつもやっていることこそが偶然性のための運動になっているわけで、まさにわが意を得たり、である。
そしてその書店も、「ビジネス書の棚にも行ってみる」という回路が一つ増えそうだ。これは自分の中からは出てこないもので、本書を読んだおかげである。(ほうじょう・かずひろ=ライター・編集者)
★きたむら・きょうへい=映画研究者/批評家・随筆家。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授・映像文化論・社会学・メディア論。著書に『美と破壊の女優 京マチ子』『アクター・ジェンダー・イメージズ転覆の身振り』『椎名林檎論 乱調の音楽』『遊びと利他』『家出してカルト映画が観られるようになった』など。一九八二年生。
書籍
| 書籍名 | 観る技術、読む技術、書く技術。 |
| ISBN13 | 9784295411604 |
| ISBN10 | 4295411604 |
