2026/02/27号 6面

戦後史1945―2025

戦後史1945―2025 安岡 健一著 長 志珠絵  通史としての「戦後史」は可能だろうか。「戦後80年」という呼称は記憶に新しいが、記憶のある自分史が重なってしまうのではないか。しかしそもそも私たちは何等かの「共通」の時代経験を認識してきたのか。著者はこれを意識されていない分断とよんだ。「戦後という時代は「わたしたち」の生きる現在と分かちがたく結びついているにもかかわらず、この時代についての社会的な共通理解が乏しく、ともに生きる上での分断が生じている」のである。冒頭、このように問いを投げかけた神戸生まれ、神戸育ちの著者は1980年代後半からは、自身の経験も糧に主題を描き切った。   構成は以下である。  序章 帝国日本の惨状―最末期の戦い 1廃墟からの出発(1945〜60) 2経済成長と国民統合(1960〜72) 3「豊かさ」の獲得と国際化(1972〜1989) 4グローバル化と平和主義の相剋(1989〜2008) 5動揺する世界、新たな統合(2008〜)   本書はまず時期区分に意識的だ。たとえば「どこから叙述をはじめるか?」。著者はアジア・太平洋戦争末期から敗戦過程を組み込むことで1章の前提とした。この手際は本書をつらぬく①帝国と植民地、②都市と農村、③家族とジェンダーといった方法論的視座の提起と相関関係にあり、人の移動や貧困を構造として理解することを促す。  第二に本書は、「通史において誰を描くのか」に意識的だ。実は筆者は本書のタイトルを目にした際、少々驚いた。著者は20世紀「社会」を描く優れた現代史家というイメージだったからだ。ところが本書は歴代首相の事績も織り込み、通史としての学習テキストとしての魅力も備えた。巻末の充実した年表や索引によって、「消費税」をひけば、その導入や橋本内閣時の行財政構造改革が課題とされながら自民党長期政権を揺るがしてきた過去が、あるいは「自衛隊」をめぐるアクロバティックな推移も把握できる。いわば王道の戦後史であることで、引揚者や在日朝鮮人、高齢者、子ども、「主婦」を軸とした女性をめぐる叙述が独自性を放つ。  たとえば1章の、戦時と戦後の連続と断絶を考える主題としての農地改革は、耕作者主義の原則が評価される一方、アイヌ民族への負の適用など著者ならではの指摘に満ちている。人びとはどこで生きるのか。人の移動を組み込む通史も本書の特徴であり、占領・戦後復興期や農村から都市部への労働力移住に加え、複数の章に登場するブラジルへの農業移民をめぐる目配りは、本土の都市部で複数の家族の「相住まい」から家族だけで住む「豊かさ」へ、新たな「国民」統合にいたる単線的な歴史叙述を多様化してみせる。   私たちはいまどこにいるのか?への気づきも多い。戦後直後の選挙は実は、「大選挙区制かつ複数の候補に投票できる制限連記制」であり、国政の女性議員比率8.4%を叩き出した。同時代の米国に勝る画期性に加え、その数字を次に上回るのが2009年という現実は衝撃的だ。政治は何をやっていたのか? 3章―大平内閣の時代、長期政権の自民党は高齢化の未来にあわせ、老親介護と主婦役割を結びつける構想をへて第3号保険者制度創設の時代へ、4章では派遣労働の自由化が導入されることで、非正規雇用の女性比率の上昇へ。長期政権の自民党を深く理解するに、このようなタイムスパンの長い通史ほど説得的な記述はないだろう。こうした「人」への意識的な記述は、田中角栄から中曽根康弘にいたる3章までの政治家たちが、侵略戦争を一兵卒や将校として経験した世代であり、他方、ポスト戦争経験世代の保守政治家の歴史言説が跋扈する4章以降が見えてくる。人びとを介した戦後史経験の分断は、「戦争経験」に象徴されるように縦横に存在することも著者は描いてみせた。  本書はなぜ今突如選挙なのか?以前に書かれた。4年任期をまっとうしない政局運用のあり方は「戦後史」からは近年の姿にすぎない。日本での「戦後」という時期区分の長さは世界的にみて特異であるが、その終止符が一方的に打たれる前に、私たちは今どこにいるのか。本書を手に「今」を考え、異なる世代と「歴史」を共有する一助としたい。(おさ・しずえ=神戸大学大学院国際文化学研究科教授・日本近現代史)  ★やすおか・けんいち=大阪大学大学院人文学研究科准教授・日本近現代史。著書に『「他者」たちの農業史』など。論文に「オーラルヒストリーを受け継ぐために」(『日本オーラルヒストリー研究』一五号、二〇一九年)など。一九七九年生。

書籍

書籍名 戦後史1945―2025
ISBN13 9784121028815
ISBN10 4121028813