論潮
高木 駿
この連載を始めた二〇二四年十二月、僕は、中国・大連の大学で教鞭を取っていました。日本語学院(日本で言う日本語学科)では、多くの学生さんが日本に訪れることを「夢」に、日々、日本語の勉強に勤しんでいました。日本の研究をしている先生方も、久しぶりに日本で研究をしたいとおっしゃっていました。異国で日本が好きな人に会えば、嬉しくなるものです。学生には「いつでも遊びに来なよ」、先生方には「招聘するので、シンポジウムやワークショップをやりましょう」と伝えてあったのに、それもいまは難しくなってしまいました。
今年はいずれの雑誌でも、「民主主義の危機」、「ポピュリズムの台頭」、「表現の自由」など政治や政治に関わる運動をターゲッティングした特集が組まれる傾向にあったと思います。それが示す通り、日本の政治が(いや、世界の政治も)混迷を深めた年でした。自民党の議席数の減少、公明党の連立離脱、これにより政権基盤が不安定になりました。それと同時に、外国人の排除や差別を容認あるいは支持する新しい政党の躍進に加え、タカ派の総理大臣の継続(石破から高市へ)、そういったことが相まって、日本はいま、右傾化、排外主義化、タカ派化していると言えます。その集大成として出てきたのが、十一月の衆院予算委員会における、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」という、いわゆる台湾有事に関する高市首相の発言だったのではないでしょうか?
「存立危機事態」とは、(この場合は米国との関係において中国に対して)集団的自衛権を行使できる事態を指します。これまでの首相は明言を避けてきたところ、高市は、台湾有事が存立危機事態にあたる可能性を初めて明言したのです。要するに、台湾有事が起き、中国軍と米軍とのあいだに武力衝突が生じた場合、米軍とともに、自衛隊が武力を行使する可能性が出てきたということです。
ご存知の通り、日本国憲法第九条には、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」とあります。自衛隊自体が合憲かどうかについての議論さえ決着していないにもかかわらず、自衛隊が武力を行使する未来、戦争に参加する未来が現実味を帯びてきているわけです。そうなれば、九条はより形骸化していき、悪い意味での改憲の気運も高まっていくことでしょう。より明確な右傾化・タカ派化が進行し、場合によっては、憲法が「改悪」され、軍国化していく可能性さえ考えられます。
こうした状況を前にして、私たちには何ができるのでしょう? 「何もできない」、「なるようにしかならない」、「どうしようもない」と諦めるのはまだまだ早いと思います。できることは沢山あります。高市の答弁の後、「存立危機事態」発言撤回を求めるデモが二度行われました。国会前には、数千人もの人が集まり、X(旧Twitter)では、デモに関連するハッシュタグ「#高市総理の発言撤回を求めます」が、この原稿を書いている現在トレンド入りしています。「デモなんて無意味、自己満足」と冷笑する人がいるかもしれません。僕もそう思っていたときがありました。しかし、デモ(ンストレーション)は、その名前の通り、私たちの意見や立場を「表明」し、社会に反対(ないし賛成)する人々がいることを可視化するアクションです。「見えるようになること」が重要です。見えなければ、いないことにされ、政治に反映されることはありません。たとえ一人でやったとしても、デモは自己満足にはならないし、無意味にもなりません。
とはいえ、勇気が持てない、会場が遠い、忙しいといったことで、デモに参加できないということもあると思います。そんな時は、リアルでもネットでもいいので、身近な人に自分の意見や思っていることを伝えるのはどうでしょうか? 当たり前のことで忘れがちですが、社会は人と人とのつながりでできています。「あなた」が身近な人に伝えたことは、その人とのつながりへと溶けていき、その人と誰かとのつながりのなかで現れ出るかもしれません。そうした仕方で、社会のなかで可視化されることもあるでしょう。もっとも避けたいのは、諦めて黙ってしまうことです。
戦後八十年、日本は、戦争せず平和主義を貫いてきたことになっていますが、その実、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争といった戦争や紛争に米軍を通じて間接的に関与してきました。それが、今度は直接に武力を行使するかもしれない。この事態に、私たちは、大戦の加害国として、原爆の被害国として、真剣に向き合っていく必要があるのではないでしょうか?(たかぎ・しゅん=北九州市立大学准教授・哲学・美学・ジェンダー)
