運慶講義
山本 勉著
大河内 智之
平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した運慶(?―一二二三)は、日本で最も著名な仏師といえるだろう。平安時代後期以降、奈良興福寺を基盤に活動した奈良仏師のなかから生まれ、時代を画する清新な鎌倉時代新様式の形成に寄与し、それを定着させた。
最初期の作例である円成寺大日如来坐像の溌剌とした座り姿、量感と力感にあふれた願成就院阿弥陀如来坐像の威容、像高八メートルを超える東大寺南大門金剛力士像の迫力と躍動感、興福寺北円堂弥勒仏坐像や無着・世親像の静謐で精神性の高い風貌。その代表作をたどるだけで、ドラマチックな作風展開に胸躍り、運慶自身の人生をそこに重ね合わせるように知りたくなる。
近世までの名声と高い彫技の才能により、近現代の日本美術史研究において極めて秀でた「作家」の象徴的存在として位置づけられ続けてきた。その作風へのまなざしは、かつて南都周辺の一部作例しか知られていない段階から、東国作例の発見や、その後の比定作例の増加により、劇的に変化してきた仏師でもある。
本書はそうした運慶研究に最前線で関わり、運慶作例や推定運慶作例の発見にも立ち会ってきた第一人者による待望の運慶に関する概説書である。本書に先んじて著者は、現存運慶作例の大型精細図版を多量に収載した『運慶大全』(小学館、二〇一七年)を監修したが、その総説において「運慶の生涯の概略をとらえたつもりだが、短期間の執筆でもあり、気持ちも情報も尽くしきれない不満が残った」(本書あとがき)ことを執筆の動機とする。近年の研究動向も存分に踏まえ、満を持しての運慶概説書の刊行となった。
本書構成は、その表題にあるように全十回の講義という体裁をとり、各講(章)を①運慶の濫觴、②円成寺大日如来像、③南都復興の開幕と運慶、④願成就院諸像と鎌倉新様式、⑤永福寺造営期の運慶と浄楽寺の諸像、⑥東大寺大仏殿院の造像、⑦大仏殿造像と南大門造像のあいだ、⑧重源像と南大門二王像、⑨興福寺北円堂の諸像と運慶工房の充実、⑩運慶最晩年の京都・奈良・鎌倉、に分けて詳述する。概ね講(章)ごとに運慶の代表作を取りあげることで、読者の目を常に運慶作例へと向け、関心の軸をぶれさせない。
著者は晩年の運慶を「鎌倉殿の大仏師」と評し、本書を通じて運慶と東国武士、鎌倉政権との関係性が構築されていく過程を諸史料から丁寧に確認していく。研究史上では東国での運慶作例発見の段階より、運慶が東国へ下向したか否かという議論が継続しているが、文治五年(一一八九)の浄楽寺諸像の造像については、その直後の建久二年(一一九一)に運慶父康慶が鎌倉幕府中枢から下向を求める意向があったことを示す新史料を示して、下向を積極的に肯定している。運慶研究の新たな一段階を示すものといえる。
本書は膨大な運慶研究の蓄積を俯瞰し、最新の学術成果をふまえつつ、著者の研究視座に基づいて運慶の造像活動の実態を整理し直した新たな研究成果である。一般書としては珍しく多数の注を付すが、研究史上の重要論文のみならず、本文中で詳細に触れられない作例の基礎情報、細かな展覧会図録の概説など、近年の運慶研究の動向を広く共有化するもので、講義と題する本書にふさわしい。
著者は運慶とその様式の意義を「和様の仏像の可能性を極限までひろげた」(おわりに)ことにみる。中世前期の日本で、名工運慶がたどり着いたその極限の到達点を、本書の受講を通じて追体験していただきたい。(おおこうち・ともゆき=奈良大学教授・日本美術史・日本彫刻史・文化財防犯)
★やまもと・つとむ=鎌倉国宝館館長・半蔵門ミュージアム館館長・東京国立博物館名誉館員・清泉女子大学名誉教授。共著に『運慶』『鎌倉時代仏師列伝』、編著に『運慶・快慶と中世寺院』など。
書籍
| 書籍名 | 運慶講義 |
| ISBN13 | 9784103564416 |
| ISBN10 | 4103564415 |
