書評キャンパス
長月天音『ほどなく、お別れです』
佐藤 葵
死ぬのは怖くない、そう思える人間はどれくらいいるだろうか。人は死ぬ時何を思い、自分と周りに何を与えるかを考えたい。
就職活動に苦戦し、自分の居場所を見失っていた大学生の清水美空は、ある時、東京スカイツリーの近くにある葬儀場「坂東会館」から連絡を受ける。しばらく休んでいたアルバイトに復帰しないかという電話だった。
美空は、そこで毒舌だが故人と遺族の思いに誰よりも真摯に向き合う、優秀な葬祭ディレクターの漆原と出会う。美空は人の〝気〟に敏感で、生きている人のみならず、死者の思念も感じてしまうという、ちょっとした能力をもっていた。その秘められた能力に目を付けた漆原は、美空を自身のアシスタントとして仕事に同伴させ、遺族に寄り添い、葬儀の儚さを形にしていく。妊婦の妻とおなかの子を一時に亡くした夫や、幼い娘を失った夫婦など、さまざまな家族の故人とのお別れに立ち会っていく中で、漆原の厳しい指導を受けながら、美空は「遺族だけでなく、故人も納得できる葬儀とは何か」という問いに真摯に向き合っていく。出棺の際に漆原が優しく告げる「ほどなく、お別れです」という言葉の重み、そして漆原自身が抱える過去の悲しみや喪失感に触れながら、美空は葬祭ディレクターの道を志すことを決意する。
美空の能力は言葉を残せぬまま旅立ってしまった故人の心残りや遺族への秘めた想いを汲み取るための、切なくも優しい救済の手立てとして機能している。美空の能力によって明かされるのは、死の真相ばかりではない。日常のふとしたすれ違い、伝えられなかった感謝、意地を張って言えなかった謝罪の言葉など、誰もが人生の中で抱えうる身近で切実な感情である。遺族たちは突然の別れに動揺し、自責の念や後悔に苛まれるが、美空を通して故人の真意に触れ、止まっていた時間が動き出す。死を受け入れて次にどう動くかを問う、人の弱さだけでなく、強さも感じさせてくれる希望の物語である。
死とは他者に共有することができない経験であり、貧富や立場、善悪に関わらず、すべての生命に等しく訪れる、私たちに限界や恐怖、あるいは畏敬の念を抱かせるものである。死という終わりがあるからこそ、人は限られた時間に意味を見出し生きている。もし命が永遠に続くならば、日頃の選択や言葉、誰かと過ごす時間に今ほどの重みは生まれない。大切な人を失うことは、物理的な存在の消失であり、残された者には絶望や後悔、耐えがたい孤独を与える。しかし、故人が残した言葉、思い、共に過ごした時間は姿形を変えて働きかける。死は関係の完全な途絶ではなく、外側にいた存在を自らの内側へ引き取るという、関係の更新でもあるのだ。
ふとした時に命とは何なのだろうか、生まれた訳を知りたいと思う。生きていくだけで不満や苛立ちを感じ、人間関係も面倒で、同調圧力から目を背けたいと思いながら、筆者がそれでも人との繫がりを求めるのは、温もりが欲しいというよりも自分という存在を求められたいから。生きている意味が分からなくなるが故に、希死念慮を誘発し兼ねない疑問ではあるが、もっとも根源的で誠実な人生への問いかけそのものであると信じて、答えを探しながら歩き出したい。
書籍
| 書籍名 | ほどなく、お別れです |
| ISBN13 | 9784094071634 |
| ISBN10 | 4094071636 |
