税と権力
似鳥 雄一著
田中 秀臣
「荘園」は、戦後長く、土地所有の形態やマルクス主義的な階級闘争の舞台として語られることが多かった。しかし、本書では荘園を「税を徴収する制度(場)」として再定義し、徴収する側とされる側の双方が抱いていた「動機付け(インセンティブ)」という視点から、税制度の維持可能性として荘園をとらえ直している。この試みは荘園を扱った包括的な一般書として定評がある伊藤俊一『荘園』(中公新書)や永原慶二『荘園』(吉川弘文館)にはない新規性だ。
特に本書の核心は、中世人が「なぜ税を払うのか」という問いに対し、「国家」による一方的な収奪ではなく、経済的合理性と「宗教的インセンティブ」に注目した点にある。
荘園の起源は八世紀の墾田永年私財法と寺院墾田許可令にある。この古代の初期荘園の実態は貴族や大寺院による新たな開墾地(墾田)を指していた。墾田は「私財」として売却・相続・寄進が可能(処分の自由)だったが、「免税」ではなかった。九世紀の終わりまでの古代では、「租・調・庸」が課せられていた。東大寺の大仏建立に象徴されるように、巨大な寺社建築や祭祀を維持するための財源として荘園が必要だったのだ。この初期荘園制度を、税制度の側からみると、課税の論理として祭祀・信仰があったとする指摘は、税を受け取る側、納める側双方の「宗教的インセンティブ」を表していて面白い。
この初期荘園制度の「宗教的インセンティブ」による税制は、十世紀から十一世紀にかけての摂関期荘園ではどうなっただろうか。それまでの人頭税から地税への転換(要するに課税対象が人から土地に移行)、また国衙(地方の行政体)とそのトップである国司の権限が強化され、他方ではより可処分所得を増やそうとする荘園領主との軋轢が増大していく。ただし本書では、この摂関期荘園でもやはり国家的な「宗教的インセンティブ」が税制の中核にあったとする。
中世荘園(十一世紀後半から十六世紀後半)は、まず十一世紀末から十二世紀の院政期にかけて荘園は急増する。「立荘」がピークを迎えると、特定の家系による利権の固定化が進み、荘園は国家的な免税特権を公認された「目的税的財源」へと変質する。
ここで重要なのが「鎮護国家」の論理である。東大寺の大仏建立に象徴されるように、巨大な寺社建築や祭祀を維持するための財源として荘園が形成された。つまり、中世における納税とは、神仏の加護という「サービス」に対する対価であり、国家の平和と自らの後生を願う「信仰」こそが、重い負担を支える強力なインセンティブとして機能していたのである。
第二章以降では、荘園という現場で展開された具体的な駆け引きが描かれる。荘園領主側の論理は、課税によって「社会秩序と平和を維持する」という公益性に求められた。一方、百姓側の納税の論理は、それが自らの生活や住まいの安全を保障される「忠勤」の証となることにあった。
特筆すべきは、この関係が一方的な略奪ではなかった点だ。災害時の減税交渉や、端境期の生存を支える「麦」を課税対象から外すといった柔軟性は、領主と百姓の間の「合意形成」に基づいていた。宋銭の流入による貨幣経済の浸透(一〇〇円玉の経済)や「代銭納」の普及も、この交渉の場を市場へと結びつけ、荘園経済を世界的なサプライチェーンへと接続させていった。
しかし、鎌倉幕府の登場と「地頭」の進出は、このバランスを不安定化する。武力を背景とした苛烈な徴税は、かつての「仁政」や「安堵」のロジックを揺るがした。領主は経営を地頭に丸投げする「地頭請」を余儀なくされ、実質的な支配権を失っていく。
南北朝の動乱期に導入された「半済」は、軍費調達の名目で荘園の年貢を武士が接収することを公認し、荘園制の解体に拍車をかけた。室町将軍たちは「徳政」によって秩序の回復を試みたが、応仁の乱以降、武士による押領は常態化し、領主の手元に届く税収は激減した。
本書の終盤では、荘園制の終焉が「信仰の恩恵と納税の乖離」として説明される。戦乱が極まり、神仏への祈りという「精神的な見返り」が現実の安全保障(武力)に敗北したとき、中世的な納税の論理は崩壊した。
著者はこの「自力救済」への移行を、現代の「自助・自己責任」が強調される社会構造と重ね合わせる。また、中世の住民がより良い見返りを求めて寄進先を選んだ行動を「ふるさと納税」の源流として捉える視点は一部の読者にはわかりやすいだろう。
「税とは、国家が差し出す見返りに対する納得感である」――本書が導き出すこの結論は、単なる歴史の叙述に留まらない。荘園という古い制度の分析を通じて、現代社会における「公」と「私」、そして「負担」と「受益」の本質を鋭く突きつけている。中世人が命がけで税を支払ったモチベーションの正体を知ることは、我々が現代の税制を考える上でも不可欠な視点を与えてくれるだろう。(たなか・ひでとみ=経済学者・上武大学教授)
★にたどり・ゆういち=高千穂大学教授・日本中世史(荘園、村落)。著書に『中世の荘園経営と惣村』など。一九七七年生。
書籍
| 書籍名 | 税と権力 |
| ISBN13 | 9784657250155 |
| ISBN10 | 4657250159 |
