2025/12/19号 7面

時代小説

時代小説 末國 善己  二〇二五年は昭和百年、戦後八十年の節目を意識した作品が多かった。伊吹亜門『路地裏の二・二六』(PHP研究所)、石川智健『エレガンス』(河出書房新社)はミステリの手法で戦前戦中を捉え、葉山博子『南洋標本館』(早川書房)、青波杏『花咲く街の少女たち』(講談社)は日本の外地政策に切り込んでいた。伊東潤『鋼鉄の城塞 ヤマトブジシンスイス』(幻冬舎)は戦艦を建造する技術小説。奥田英朗『普天を我が手に』(講談社)は全三巻で昭和史全体を追っていた。新野剛志『粒と棘』(東京創元社)は終戦直後の混乱が題材で、森絵都『デモクラシーのいろは』(KADOKAWA)は民主主義をめぐる議論が秀逸。真藤順丈『英雄の輪』(講談社)と伊東潤『蒼き海の涯に 琉球警察Ⅱ』(角川春樹事務所)は沖縄の戦後史を取り上げていた。皇居の新宮殿建設を描く松家仁之『天使も踏むを畏れるところ上下』(新潮社)が示す戦後日本と皇室のあり方は考えさせられる。  宮本輝『潮音』全四巻(文藝春秋)、伊与原新『翠雨の人』(新潮社)、青柳碧人『乱歩と千畝』(新潮社)、沢木耕太郎『暦のしずく』(朝日新聞出版)は、いずれも著者初の歴史小説だ。  ドラマ化、アニメ化が続く今村翔吾は、南北朝もの『人よ、花よ、 上下』(朝日新聞出版)、完結編の『イクサガミ 神』(講談社文庫)を刊行。和田竜『最後の一色 上下』(小学館)、飯嶋和一『南海王国記』(小学館)は、それぞれ十二年ぶり、七年ぶりの新刊。若き吉田茂が近代史を照射する宮本昌孝『松籟邸の隣人』は第三巻『永夏の章』(PHP研究所)で完結した。衆院選は外国人問題が争点の一つだったが、古代史の澤田瞳子『梧桐に眠る』(潮出版社)、近代史の門井慶喜『札幌誕生』(河出書房新社)、戦後史の植松三十里『つないだ手 沢田美喜物語』(PHP研究所)は、多文化共生を問い掛けていた。帚木蓬生『少弐 民に捧げた三百六十年』(講談社)は、歴史と現代の繫がりを実感させてくれる。偽書を題材にした奥泉光『虚傳集』(講談社)、SFの想像力を導入した円城塔『去年、本能寺で』(新潮社)は、一般的な歴史小説とは違う角度で歴史とは何かに迫っていた。  戦国ものは、有名な合戦、武将を新解釈で描いた伊東潤『天地震撼』(KADOKAWA)、中路啓太『木霊の声 武田勝頼の設楽原』(文藝春秋)、武川佑『龍と謙信』(KADOKAWA)、垣根涼介『蜻蛉の夏』(小学館)を始め、小国の生き残り戦略を追う赤神諒『我、演ず』(朝日新聞出版)、奴隷になった武士が世界で戦う天野純希『サムライ漂海記』(光文社)、キリスト教との接点に着目した川越宗一『大日の使徒』(PHP研究所)など最新研究を踏まえた作品が多かった。近衛龍春の『軍師 秀長上下』(毎日新聞出版)と『秀吉の血筋』(実業之日本社)、木下昌輝『豊臣家の包丁人』(文藝春秋)、谷津矢車『不埒なり利家 豊臣天下事件帖』(実業之日本社)は、二〇二六年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』を意識した作品で、佐藤雫『残光そこにありて』(中央公論新社)は、偶然だろうが再来年の大河ドラマと同じ小栗忠順を描いていた。  江戸ものは、武内涼『二人の歌川 広重と国芳、そしてお栄』(朝日新聞出版)、木内昇『奇のくに風土記』(実業之日本社)、梶よう子『雷電』(KADOKAWA)、村木嵐『雀ちょっちょ』(文藝春秋)など文化を題材にした作品が目についた。令和の米騒動の渦中に出た門井慶喜『天下の値段 享保のデリバティブ』(文藝春秋)、骨董の世界を描く朝井まかて『どら蔵』(講談社)は、現代も深刻な人間の欲望を掘り下げている。  中国ものは、『公孫龍』を巻四『玄龍篇』(新潮社)で完結させた宮城谷昌光が、『桃中図 自選短篇集』『三国志名臣列伝 呉篇』(共に文藝春秋)も刊行、北方謙三は元寇に向かう時代を描く『森羅記』(集英社)を「狼煙の塵」でスタートさせた。小島環『纏足探偵 天使は右肩で踊る』(集英社文庫)は、現代と重なるテーマもある中華ミステリである。  新人賞を受賞した住田祐『白鷺立つ』(文藝春秋)、坂井のどか『砂上の王国』(角川春樹事務所)らがデビューした一方、オール讀物新人賞の休止は残念でならない。(すえくに・よしみ=文芸評論家)