2025/11/21号 3面

マルティン・ニーメラー

マルティン・ニーメラー マシュー・D・ハケネス著 佐野 誠  本書は、ドイツの牧師マルティン・ニーメラー(1892―1984年)に関する評伝である。ニーメラーは、ナチス政権に抵抗したドイツ告白教会の指導者として、また1937年から終戦の1945年まで強制収容所に拘束されていた政治犯として、さらに晩年には戦争そのものに反対する平和主義者として、キリスト教界では広く知られている。しかし一般的には、同じくナチスに抵抗したカール・バルトやディートリヒ・ボンヘッファーの生涯ほどには知られておらず、その思想の評価にも毀誉褒貶がつきまとう。なぜそのような差が生じたのか。 米国のドイツ近現代史家である著者マシュー・D・ハケネスは、第二帝政期からワイマール共和政期、ナチズム期、そして東西冷戦期に至るまでのニーメラーの家庭環境、行動様式、思想の変遷を手がかりに、その背景を丁寧に解き明かしている。とりわけ著者が重視するのは次の点である。すなわち、ニーメラーが(1)第二帝政期には王冠と祭壇の結びつきを肯定する保守的な牧師家庭に育ち、Uボート艦長としての経歴に象徴されるように好戦的な国家主義者であったこと、(2)ワイマール期には民主政権に批判的な保守派牧師であったこと、(3)ナチスの政権掌握時にはナチスに投票した体制支持者であったこと、(4)ナチスへの抵抗活動後も反ユダヤ主義的要素を一定程度保持していたこと、などである。ただし分析はこれらにとどまらず、多岐にわたっている。ここでは特に印象的な点を三つ挙げておこう。  第一に、ニーメラーのナチスに迎合的な思考様式は、当時のドイツ市民にも広く見られる現象であったという点である。彼は有名な告白文(11頁)で、共産党員でも労働組合員でもユダヤ人でもなかったため、ナチスの彼らへの迫害に無関心で抵抗しなかったことを自己批判的に記している。このような「不作為の黙従者」(丸山眞男)は、ドイツ市民に限らず、現代の私たちにも通じる態度であり、告白文はいまなお重みを持って受け止められる。   第二に、ニーメラーとバルトの神学に対する姿勢の違いである。著者は、ニーメラーが親友バルトの神学に関心を示さなかったことをユーモラスに描いているが(146頁以下)、この神学への態度の差が、両者のナチスへの抵抗力の違いとなって現れたのではないか。伝統的に神学が発展したドイツでは、ヒトラーに迎合した「ドイツ的キリスト者」に組織的に対抗するためには、バルトのように人間の言葉ではなく、「聖書の言葉=神の言葉」に立脚する体系的神学が不可欠であったはずである。  第三に、ニーメラーの思想変遷は、単なる政治的・イデオロギー的転換ではなく、教義学的・倫理的な自己省察を伴っていた点である。著者は、彼が晩年に至るまで自らの過去の言動を問い直し続けた姿勢に注目し、その内面的葛藤が言葉に独自の重みを与えていることを示している。この自己反省の姿勢こそ、混迷する現代の私たちに突きつけられた課題であり、本書から学び取るべき貴重な点なのである。  以上のように、本書は評伝でありながら重いテーマを扱い、多くの示唆を与えてくれる。ニーメラーにとって「人類の真の敵」は、常に「不正、貧困、病、民族的自負、権力の乱用、そしてこれらを創り出した本源としての憎しみと戦争であった」(324頁)。世界各地で続く戦争や飢餓の現実を再考するためにも一読を勧めたい。(穐田信子訳)(さの・まこと=奈良教育大学名誉教授・西洋国家思想史・西洋法制史)  ★マシュー・D・ハケネス=米国の歴史家。ニューヨーク大学で学位を取得、スキッドモア・カレッジで歴史学を講じる。専門はナチ時代及び戦後期のドイツ・プロテスタント教会史。著書に『分断された教会 ドイツプロテスタントがナチ時代と向き合うために』(未邦訳)など。一九六六年生。

書籍

書籍名 マルティン・ニーメラー
ISBN13 9784400213475
ISBN10 4400213471