2026/09/11号 5面

「『シェルブールの雨傘』の風変わりさ」(ジャン・ドゥーシェ氏に聞く)452(聞き手=久保宏樹)

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 452 『シェルブールの雨傘』の風変わりさ  JD ジャック・ドゥミの映画の登場人物たちは、どこか別のところへ行こうと、何か別の生があるのではないかと、もがいています。しかし、現実は残酷です。映画の終わりには、あまり大きな変化はないか、悲劇的な結末を迎えます。完全に幸福だと言える結末を迎えることはありません。ミュージカル映画のような喜劇的な見せかけをしていながらも、内容自体は悲劇的であることが多い。その二面性がドゥミの映画を興味深いものにしているのです。例えば『シェルブールの雨傘』は、通常の映画と比較すると、とても風変わりな映画です。全編を通じて、些細なセリフまでもが、歌謡になっています。アメリカ式のミュージカル映画であるというよりも、どちらかと言えば『カルメン』のようなオペラに近いかもしれません。ミュージカル映画というものは、一般的にはスタンリー・ドーネンやヴィンセント・ミネリの映画のように「ハッピーエンド」で終わるものです。なぜならアメリカ映画の代名詞と言ってもいいものだからです。大きなスタジオやセットが必要であり、尚かつお金もかかります。  フランス映画においては、そうしたミュージカル映画はジャンルとして存在していませんでした。トーキーへの移行期においては、アメリカと同じく、キャバレーやミュージックホールを舞台とした映画もありましたが、発展することはなかった。ジョゼフィーヌ・ベイカーの映画があり、ルノワールの『フレンチ・カンカン』がありましたが、映画としてはそれ以上に発展せず、演劇的な道を辿っていきました。要するに、ミュージカル映画というジャンルは、アメリカ固有のものなのです。  HK バズビー・バークリーやジーグフェルドの名前が、初期のミュージカル映画に関してはよく引用されます。  JD その通りです。ブロードウェイの興行の影響下に発展したものです。ショーガールの踊り子がいて、幕間にちょっとした寸劇や手品があり、歌謡などもある。そうした形式自体は、そもそもはパリのムーラン・ルージュに代表されるキャバレーの影響を受けています。それがアメリカで巨大な商売として発展し、ある時期にハリウッド映画と結びつき、アメリカ映画の理念である「ハッピーエンド」を体現するものとなったのです。だから、ハリウッドのミュージカル映画〔ミュージカル・コメディのジャンル〕を思い返すと、悲劇的なものはないことがわかるはずです。  HK 『カルメン・ジョーンズ』(一九五四)があります。  JD 例外的な作品です。なぜなら、オットー・プレミンジャーの作品であり、ビゼーのオペラを翻案としているからです。純粋なミュージカル映画ではなく、オペラを下敷きにして、アメリカの人種差別の問題に切り込んでいる。それは社会問題に切り込む彼の手口の一つです。  ミュージカル映画に悲劇的なものがあるかどうかで言えば、六〇年代以降には存在しています。『ウエスト・サイド物語』やボブ・フォッシーの作品などがある。しかしアメリカの悲劇は、ディケンズの影響が強く残っており、どこかで救いを求めているところがあります……。  ドゥミに話を戻すと、彼の映画の基盤には、いつも悲劇があります。アメリカ映画のようにして、完全に陽気になることはできていない。その点が面白いと思います。舞台となる現実の場所であったり、彼の生きてきた世界が色濃く反映されていながらも、その上にアメリカ映画やアニメーション、または御伽噺の想像の世界が実現されている。『シェルブールの雨傘』が良い例です。作品の舞台となるシェルブールは、決して明るい町ではありません。ノルマンディのマンシュ県の半島にある最北の港町です。南仏のような太陽が輝く場所ではなく、曇り空や雨が目立つところです。それに加えて、作品の背景となっているのは、アルジェリア戦争です。戦争に徴兵されたことが原因で、男女の仲が引き裂かれる話です。そうした物語自体はありふれたものですが、それを表面上はミネリのコメディのような形式でフランス風に作り替えたのは、とても面白い試みです。一方でドゥミの映画――つまり彼固有の幾つものテーマ――には、それに加えてフランス映画の悲劇――一七世紀の演劇以来の伝統――が内在しており、他方ではアメリカのミュージカル・コメディに対する哀悼を表しているようでもあるからです。その二重性がとても面白い。〈次号へつづく〉 (聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)