2026/05/01号 5面

「最初期の映画が発見した可能性」(ジャン・ドゥーシェ氏に聞く)435(聞き手=久保宏樹)

ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 435 最初期の映画が発見した可能性  JD リュミエール兄弟のカメラは、様々な地域や国への移動を行いながら、少しずつ映画を発明していきました。その結果、フランスにいれば見ることができない遠い場所のことを、直接的に見られるようになったのです。そして、カメラとフィルムは様々な技術を発明していきました。移動撮影、モンタージュ等々、あっという間に発明されていきました。しかし、そうした発明は、まだ何の役に立つかはっきりしていませんでした。  HK その後、グリフィスやエイゼンシュテインの世代によって、映画が形になっていきます。彼らは、「映画の探求」をしていた世代とも言えます。  JD はい。アメリカ人たちがいて、さらにはロシアの人々もいました。彼らはまったく違った映画を作っていた。その瞬間瞬間が、私たちの関心の中心にある「芸術としての映画」を考える上で重要なものです。映画は、単に世界を記録し再現するだけでも、メリエスが行っていたような縁日の見せ物であるだけでもなくなりました。最初期の映画が発見した可能性が、少しずつ結びつきあい、芸術として固有の表現を生み出していくことになったからです。  映画には――言うなれば――世界を表象する働きがあり、同時に劇場においては魔法のような力を持ちます。見ることのできない世界を見ることができる。例えば、遠く離れた日本の生活様式や、日本人の思考をフランスで感じることができます。時代を超えて、五〇年以上前の世界を、当時撮影されたままの状態で見ることもできる。それは、芸術という表現方法の特性であり、同時に映画という表現に固有のものでもあり、写真や小説だけでは表現しきれないことでもあります。  さらに映画には――どちらかというとフェティシズムのようなものですが――演劇の舞台を見にいくかのような劇場的な一面もあります。今日ではそうした饗宴的な面は失われつつありますが、長い間、映画と劇場は切り離せませんでした。現在の映画は非常に個人的なものになっています。見知らぬ人と、同じスクリーンを共有する経験が少しずつ失われている。私はそうした流れに反対はしていません。自宅にシネマテークを所有できるという点において肯定的なのですが、若い人にとっては少し残念な傾向だと思います。シネクラブのような場が徐々に失われているからです。  それ以外にも映画には、モンタージュという、記録媒体の特性に基づく表現方法があります。今日では、人々は、モンタージュのことをあまりにも当たり前のように考えていますが、もう少し真剣に考えてみる必要があります。どうしてこのカットが、別のカットに繫がるのか。それ以外に、ショットについても考えてみる必要があります。どうしてこのショットが、この角度で撮影されており、どうしてこの長さなのか。それらを通じて何を見せようとしており、何を伝えようとしているのか。出来の悪い映画を見ると、そうした映画的思考が全くなされておらず、非常に退屈で見るに耐えられません。そこに快楽を見出すことができないからです。私は経験があるので、そうした作品を見に行くことは避けられますが、たまにテレビで放映されているものを目にすると、一〇分も見ていられません。リュック・ベッソンやマチュー・カソヴィッツの映画がさらにひどくなったようなものや、物語やら技法やらに誤りのない「正しい映画」ばかりだからです。  HK 今日では、リュック・ベッソンもマチュー・カソヴィッツもフランス映画史の一部を成しており、一般的には重要な映画監督としてみなされています。世間一般や映画研究の分野では、もしかするとリヴェットやストローブなどよりも重要な映画監督として見出されているかもしれません。  JD 全くもって受け入れ難い……。リヴェットやストローブの映画には問題がありますが、映画にとっては本当に重要な監督たちです。そして、私にはベッソンとその仲間達の映画の何が良いのかわかりません。ベッソンに関しては、今までに製作された最も悪い映画の一つだとさえ考えています。初めて彼の『グラン・ブルー』を見た時に、私は呆気に取られました。そこには何もなかったからです。     〈次号へつづく〉 (聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)