論潮 7月
高原太一
モヤっとした日が続く。不意に目に入った文章との出合いでしか得られない幸せを与えてくれた今月の一つ目が、『世界』に寄稿された伊藤亜和さんの「夜明けに目を閉じる」である。内容は、自伝的エッセイだが、昨日今日のことではない。おおよそ一〇年くらい前、伊藤さんが恵比寿のガールズバーで働いていたときの先輩スタッフ、ミカとの思い出話である。
あるとき、ミカは私(伊藤さん)に奄美大島行きを提案した。カメラマンになるといっては、私をモデル役として連れ出し、渋谷のスクランブル交差点などでそれまでも撮影をおこなっていた。そのときミカは決まって私に「目を閉じて、心が開いたと思ったら目を開けて、その瞬間を撮りたいの」と注文した。しぶしぶ付き合っていた私だが、旅先の奄美の海で、私は「その瞬間」と巡り合う。
奄美三日目の朝、夜明け前に、ミカは私を起こし、海岸を歩こうと言った。真っ暗な海である。「すぐ近くの黒い海から、低い波の音だけが聞こえる。あれほど海が怖いと思ったことは、後にも先にもない」と記すほど、ミカと私の散歩は肝を冷やすものとなった。どちらともなく腕を組んで、二人は懐中電灯の光だけを頼りに、闇の中を歩き続けた。ようやく朝日が海の向こうに滲み始めて、海はよく知る美しい姿へと変わった。ミカは私に「いつもみたいにやって」と伝え、私も小高い岩の上に立ち、朝日に向かって目を閉じた。「私はその瞬間、世界の一部に溶けていた」。一九歳だった私だからこそ体験できる世界の存在を私(高原)も感じる。「あの頃、私も彼女も、自分を探して彷徨っていた」からこそ、すくい取れた美しさであると思う。最後に「彼女はどうしているだろう」と記されていることによって、いまは交流が途絶えたことを知る。そうでなくても、このエッセイを読んだ者なら誰だって、ミカのことが気になるだろう。書き手である「私」は、ミカの幸せをあの瞬間と同じように目を閉じるようにして祈っているのだなと感じた。
『現代思想』の六月臨時増刊号は、「総特集 フェミニズムから問う」であった。ミカと私の関係性やその後が気になったのも、並行してこの増刊号や『地平』の書評欄に収載された高井ゆと里さんの「失敗と連帯、アライシップ」を読んでいたからに違いない。高井さんは、増刊号の巻頭に置かれた河野真太郎さんと田中東子さんとの討議「二〇二〇年代フェミニズムの諸問題をひらく」にも参加している。それらを読んでいると、私とミカが「途中からどちらともなく腕を組んで、海風に煽られながら長い時間、私たちは闇の中を歩き続けた」(一一頁)という光景が非常に気になる。エッセイのなかでは、二人の最後の思い出として記されていたが、そのあと二人の関係性はどうなったのか。闇の中を腕を組んで歩き、互いに眼とカメラで祈りを交わした二人の関係は、そこから始まったともいえる。あるいは、なにも始まらないままだったのか。
高井さんは、上記の座談会のなかで、一九七〇年から八〇年代にウーマンリブの運動に関わった人から、次のように語られたことを明かしている。「私は自分を解放するために運動をしているのであって、同じ女のために運動をしているわけではない」(二二頁)。にもかかわらず、自分を解放しようとしたら仲間が見つかって、そこからさまざまな構造的な問題が見えてきたと。
私とミカは、奄美の夜明け前の海で、解放を求めていた。この場合、第一義的には漆黒の闇のなかで低い波の音をあげる海が作り出す恐怖感からの解放であった。しかし、本当にそれだけだったのか。私(伊藤さん)は、「まだ少し冷たい風が、心地よく体の中を通り抜けていくのを感じ、私は静かに目を開いた」後に、そこで見た景色についても記している。「海があり、水平線が真っ直ぐに続いている」(一一頁)。
このような私が解放されていく感覚に思想の言葉を与えてくれるのが、増刊号に収められた渡邊英理さんの「メルヘンの中のフェミニズム 河野信子『隠れ里物語』をめぐって」である。そこでは、筑豊の炭鉱で坑内労働に従事していた女鉱夫たちに聞き書きをおこなっていた頃の森崎和江の言葉として、次のような記述が引用されている。「他者と溶けあうことでしかそのものとの主体的関係は摑めないことを主張する。共有することで完結する自我」(一九三頁)。この言葉を渡邊さんは思想的に読み広げていく。「『サークル村』の女たちが生みだした思想は、他から『分離』し『自立』した個我ではなく、他者と接触交流し『共有することで完結する』多孔的な自我からなる個と集団を創造/想像しようとした点に特徴がある」(同上)。ミカの写真行為も、森崎が目指したような「自と他、受動と能動とが相互乗り入れする聞き書き」と同じ質を持ったものだったのではないか。
しかし、「私」と「ミカ」を取り囲む「集団」の状況は、奄美を訪れた約一〇年前の二〇一〇年代から現在にかけて、連帯を求めるよりも互いに攻撃的になっている。増刊号のなかで頻出する言葉の一つが、ファシズムである。菊地夏野さんの「ネオリベラル・フェミニズムを利用するファシズム」を最後に参照したい。菊地さんは、高市早苗首相の過去の資料を振り返り、「彼女がどのような位置付けをもってきたのか」をフェミニズムの観点から分析した。緻密な論理構成を無視したつまみ食い的な書き方をしてしまうが、菊地さんは高市の現在地について「社会のネオリベラル・フェミニズム化がファシズムと結びついている段階を示唆する存在といえるのではないだろうか」(一〇一頁)と位置づける。どういうことか。これもザックリとした言い方になるが、先ほどの「共有することで完結する」ような主体性とは正反対な方向へと進む動きが支配的であるということである。医療や福祉、教育など社会的再生産領域の公的予算の切り崩しがなされると同時に、社会的再生産の領域では主体を「身体的性別」に二分化し、そこに「女性」を割り当てることで資本主義を回し続ける。その行為は「略奪」に他ならない。
もう一度、「私」と「ミカ」について思い出したい。彼女たちは恵比寿のガールズバーでバイトをする仲間だった。問題は、その客は、どのような者たちであり、その職場環境やバーのなかでの人間関係はどのように構造化されていたのかである。本稿ではこれ以上深めることはできない。しかし、スポーツ選手のゴシップのような恰好で取り上げられ消えていく、さまざまな事件や性暴力(疑惑を含む)について、私たちはもっと鋭感になるべきではないか。奄美の海辺で「私」と「ミカ」のなかに生まれたさまざまな言葉と沈黙に想像を馳せながら。(たかはら・たいち=成城大学研究員・戦後民衆運動史)
